場所も、時間も、行き先も、北条くんのいいようにしてもらって構わない。
ただ、もし体調が悪くて来られないときは連絡をしてほしかった。
今まで、お互いにスマホを持っていることは知りながら、連絡先の交換はできていない。
今なら、とスクールバッグの底に忍ばせてあるスマホを取り出そうとしたとき、コンコンとノックの音が聞こえた。
「……あれ?」
保健室と繋がるドアの方を見るけれど、すりガラスの向こうに人影はないし、誰も入ってこない。
不思議に思っていると、もう一度ノックの音が聞こえて、外から叩かれていることに気付く。
北条くんがいつも出入りしている掃き出し窓のカーテンを開けると、知らない女の人が立っていた。
耳の辺りで真っ直ぐに切り揃えられた金髪、襟足の辺りは刈り上げていて黒いサングラスに真っ赤なリップ。
ライダースジャケットというのかな、やたらと艶のある皮の上着を羽織った、かっこいい女の人。
制服じゃないし、こんな派手な格好は教師でもなさそう。
「姉ちゃん?」
窓ガラス越しに向き合っていると、ひょこっと後ろから顔を覗かせた北条くんが驚いたように言う。
「えっ! 北条くんのお姉さん!?」
「そうだよ」
もたもたとするわたしに代わって北条くんが鍵を開けると、直接対面することになる。
お姉さんはサングラスを取って、わたしを見ると目を真ん丸くする。



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