結局、また凪くんの車に乗せられて家まで送ってもらうことになった。

 

助手席の中、相変わらず会話は少なめ。

けど…以前よりも無言の時間が苦じゃなくなってる自分に少し驚く。

 

家の前に着いて、車が静かに停まった。

 

「……ありがと」

 

一応そう言ってドアに手をかけたその時――

 

ブルルルル…

凪くんのスマホが震えた。

画面には【黒川 颯斗】の名前。

 

「あ、お兄ちゃん?」

 

凪くんは一言だけ「……ああ」と答えて通話に出る。

 

『悪ぃ、今いけるか?』

 

「今、七星ん家の前」

 

『あ?また送ったのか?』

 

「まあ、たまたま近かったから」

 

兄貴の声が少しだけ和んだのがわかった。

『悪ぃな、いつも頼んでばっかで。助かるわ』

 

「別に。どうせ暇だったし」

 

凪くんの返事は相変わらず淡々としてる。

でもそのあと、少しトーンが変わった。

 

「で、どうした?動きあったか」

 

『ああ。こっちも少し動いた。あいつら、またこそこそ動いてるらしい』

 

「……面倒くせぇな」

 

『まあな。今はまだ手出すな。こっちで詰めとく』

 

「了解」

 

少し緊張した。

また抗争が動いてる。
でも兄も凪くんも、まるで当たり前みたいに話してる。

 

兄は最後に軽く付け加えた。

『七星のことは頼むな』

 

「わかってる」

 

通話が切れた。

 

私はそっと凪くんの顔を見た。

いつも通りの無表情。
でも、ほんの少しだけ鋭さが滲んでいた気がした。

 

「……やっぱ、いろいろ大変なんだね」

 

「別にお前は気にすんな」

 

「でも――」

 

「いいから」

 

その一言に遮られたけど
凪くんの声は、いつもより少しだけ低く優しく感じた。

 


「……ほんっとお兄ちゃんってさ」

 

凪くんは視線を前に向けたまま、小さく相槌を打つ。

 

「……あ?」

 

「いや、なんでもないけど……」

 

少し迷ったけど
なんとなくモヤモヤが溢れてきて
自分でも止められなくなっていた。

 

「さ、財布落とすし……女遊び激しいし……使いっぱばっかりだし……」

「もう少し自分のことちゃんとできないのかなって思うだけ」

 

凪くんは無言のまま、わずかに息を吐く。

 

「……まあな」

 

「でしょ?」

 

「でも――」

 

珍しく凪くんがそこで言葉を足した。

 

「兄貴は族の総長で色々背負ってる。あんだけデカいチームまとめるの、簡単じゃねぇよ」

 

「……それは、わかってるけどさ」

 

「普段ふざけてても、いざって時は全部一人で背負って動くタイプだ」

「俺も何年もそばで見てきてる」

 

私は思わず凪くんの横顔をチラッと見た。

その顔は、普段の無愛想とは少し違ってて
なんだか兄のことをちゃんと尊敬してるみたいだった。

 

「……ふぅん」

 

なんだろう。
ちょっとムカついた。

 

「……なんかさ、カップルかよ。惚気どうも」

 

凪くんが一瞬ピタッとハンドルを握る手を止めた。

そして眉をひくっと上げてこっちを見た。

 

「は?」

 

「なにその“兄貴最高”みたいな持ち上げ方」

 

「別に持ち上げてねぇだろ」

 

「めちゃくちゃ肩持ってんじゃん」

 

「事実だろ」

 

「はいはい、お幸せに」

 

「……は?」

 

私がふざけ半分に口を尖らせると
凪くんは小さく鼻で笑った。

 

「……ほんと、お前口悪いな」

 

「だからあんたがムカつくこと言うからでしょ」

 

「知らねぇし」

 

またいつもの無駄な言い合い。

だけどその空気が
ほんの少しだけ、前より柔らかくなってる気がした。

 


「じゃあ、気をつけてね」

 

「お前もな」

 

ドアを閉めると同時に
車はゆっくりと走り出していった。

 

その背中をぼんやり私は見送った