鼻先が触れそうなくらいの距離で
凪くんの目が、まっすぐ私を捉えていた。

 

ドクン、ドクン――

苦しくなるくらい、心臓が暴れて止まらない。

 

「ほんとに逃げたいなら、今のうちだけど?」

 

凪くんが低く、静かに囁く。

でも、私はもう身体が動かせなかった。

 

(……やばい…ほんとにもう…)

 

私が言葉を探していると――

ふいに、凪くんが少しだけ目を細める。

 

「さっき――勝手に見てた、あれ」

 

「っ!!」

 

一気に顔が熱くなる。

引き出しの中。

手錠とか、ロープとか、アイマスクとか――

あの時見てしまったものが頭にフラッシュバックする。

 

「……そっちの方が、興味あんの?」

 

「な、なっ……!!ないし!!!」

 

慌てて叫ぶ私に、凪くんは口元だけ緩めたまま続けた。

 

「ほんとに?」

 

「ないってば!!!」

 

「ふーん…」

 

ほんの少し、凪くんの声が低くなる。

 

「でも――」

「お前が試してみたいなら…別に止めねぇけど?」

 

「…っ!!」

 

思わず背筋がビクッと跳ねた。

 

「ちょ、ちょっと!!ほんとにそういうの冗談で言うのやめてってば!!!」

 

「冗談…?」

 

またわざとらしく、余裕の笑みを浮かべる凪くん。

 

「なあ――どっちだよ」

 

囁くその声が、耳元に静かに落ちてきた瞬間――

身体の奥まで、ドクンと跳ね上がった。

 

(……ほんとにもう、無理…)
(頭ん中、ぐちゃぐちゃだよ…)

 

それでも――まだ凪くんは
ほんの少し余裕を残したまま、私を捉え続けていた。





凪くんの顔がすぐ目の前にある。

触れそうで触れない距離。

ドクン、ドクン――

心臓はもう限界を超えて暴れ続けてた。

 

「ほんとに…冗談…だよね?」

やっと絞り出した言葉は、それしか出てこなかった。

 

凪くんは少しだけ目を細める。

 

「さあ?」

 

わざとらしくはぐらかしながらも――
その目はさっきよりも、ほんの少しだけ揺れていた。

 

「……七星」

 

また名前を呼ばれる。

低くて、静かで、優しくて。

でも、胸の奥に直接触れてくるみたいだった。

 

「……お前が思ってるほど――」

 

言葉が一瞬だけ途切れる。

その沈黙が、逆に息を止めさせた。

 

「俺、そんなに余裕あるわけじゃねぇよ?」

 

「っ……!」

 

一瞬、全身が跳ねた。

 

凪くんが今まで見せなかった感情が
ほんの一瞬だけ滲んだ気がして――

また心臓が跳ね上がる。

 

「……な、に…それ…」

 

やっとの思いで問い返すと、凪くんは微かに笑った。

でも――さっきまでの”完全な余裕の笑み”とは、どこか違ってた。

 

「お前が近くいると、正直――

結構ギリギリかも」

 

「っ!!!」

 

もう顔の熱さが限界を越えた。

言葉が出せなくて、息すらまともにできない。

 
 

でも凪くんは
わずかに揺れる目で、それでもじっと私を捉え続けてた。

そして――

「でも――」







「お前が嫌ならちゃんと止める」

低く、囁くようにそう続けた。