水を飲みながらも、私はずっとそわそわしてた。

さっきからずっと心臓のドクンドクンがうるさい。

 

(……近すぎる…でも、離れたくない…)

(もう、なんでこうなるの…)

 

ふと、凪くんが私の様子を横目で見てきた。

 

「落ち着けって。別に何も起きねぇから」

 

「わ、わかってるし!」

 

「ほんとか?」

 

「……!!」

 

凪くんはわざと小さく笑った。

 

「にしても、お前ほんとわかりやすいよな」

 

「何が…?」

 

「目合わせらんねぇし、ずっと指先落ち着いてねぇし」

 

私は慌てて手を膝の上で組み直す。

 

「そ、そんなことない!」

 

「耳まで赤くなってんぞ」

 

「な…!だからやめてってば!」

 

凪くんはふっと息を吐きながら、低くからかうように続けた。

 

「さっきまであんな張り詰めてたのに…今の方が緊張してんじゃねえの?」

 

「べ、別にそんな…」

 

「……ふーん」

 

少しだけ身体を後ろに倒して、余裕そうに腕を組む凪くん。

 

「ま、そんだけ無防備ってことは――俺のこと信用してんだな」

 

その一言が、また心臓に突き刺さった。

 

「ち、違…」

 

声にならずに、私はまた俯くしかなかった。

 

(ほんとにもう……無理、無理だから…)

 

そんな私を見ながら、凪くんは口元だけで小さく笑っていた。

 

静かな空気が、少しずつ柔らかく、でも危うく揺れ始めていた。





静かな部屋。

テーブル越しの凪くん。

私はまともに目を合わせられずにいた。

 

(……なんで凪くんはいつも通りでいられるの…)

(こっちは頭の中、もうグチャグチャなのに…)

 

ふと、凪くんがゆっくり口を開く。

 

「……疲れたろ」

 

「え?」

 

「今日。」

 

「あ…まあ、うん」

 

凪くんはペットボトルの水を一口飲んでから、少しだけ目を細めた。

 

「でもまあ――」

 

また少し間を置く。

 

「…お前が無事だったから良かったわ。」

 

その言い方は、どこか軽くて冗談みたいなのに
でもちゃんと、少しだけ優しさが滲んでる。

 

私は思わず俯いて、声が小さくなる。

 

「……うん、ありがと…」

 

「ん」

 

それだけ短く返して、凪くんはまたペットボトルを軽く転がした。

 

「つか別に礼なんていらねぇけど」

 

「……でも、ほんと助かったよ」

 

今度は、素直にそう言えた。

 

凪くんは、それにふっと短く笑った。

 

「素直だと可愛いのな」

 

「な…!!?」

 

「冗談」

 

またからかうみたいに目を細めて笑う凪くん。

でも――その一瞬だけ優しく揺れた視線が
私の胸をまたドクンと跳ねさせた。

 

(ほんとにもう…無理だから…)

 

じわじわと空気が、少しずつ甘く重たく変わり始めていた。