週末。

 

夕方になると空はどんより曇ってきた。

買い物帰りに少し裏道を通っていると、ポツポツと雨が落ち始めた。

 

「……降ってきた…」

 

天気予報は外れたらしい。

そのまま歩いていたら、石畳に足を取られ軽く足首をひねってしまった。

 

「いった…」

 

(最悪…)

 

足を引きずりながらも、とりあえず建物の軒先で雨宿りする。

雨脚はどんどん強くなっていった。

 

(どうしよう…タクシーも捕まらないし…)

 

ふと、お兄ちゃんの言葉が頭に浮かんだ。

 

――『困ったらすぐ言え。凪にも』

 

(……ほんとに?)

 

迷ったけど、結局スマホを開いて凪くんにLINEを送った。

 

──『今どこ?』

 

すぐに既読がつく。

 

──『近く。どうした?』

 

──『雨降ってきたのと、ちょっと足挫いて…動けなくて』

 

ほんの数秒で返信が返ってきた。

 

──『場所は?』

 

──『〇〇ビルの前の軒下にいる』

 

 

──『わかった。すぐ行く』

 

 

たったそれだけのやり取りなのに
胸が少しだけドキドキしていた。

 

 

***

 

ものの十分もしないうちに
黒い車が静かに目の前に停まった。

運転席の窓が下がり、凪くんがこちらを見た。

 

「……ずいぶんなアホヅラしてんな」

 

「……うるさい」

 

助手席のドアを開けると、凪くんはすでに助手席にタオルを置いてくれていた。

 

「乗れ」

 

「……ありがとう」

 

車内に乗り込むと、タオルを手渡される。

 

「ほら、髪びしょびしょ」

 

タオルで軽く拭こうとしたら
凪くんが手を伸ばして、思わず私の髪を軽く掬って拭きはじめた。

 

「えっ、自分でできる…!」

 

「動くな。黙って座ってろ」

 

優しく、でも淡々と濡れた髪をタオルで拭う凪くん。

距離が近い。

顔が、近い。

 

(……やば……)

 

鼓動がどんどん早くなる。

 

髪を拭き終わると、凪くんはようやく手を離した。

 

「ん、これで風邪はひかねぇ」

 

「……べつに、そこまで濡れてないし…」

 

「強がんな。顔真っ赤だぞ?」

 

「違うし!」

 

凪くんはクスッと笑った。

でもすぐに少し真面目な声に変わる。

 

「……無理すんなよ。こういう時は最初から連絡していいんだからな」

 

「……うん」

 

「お前さ、変に我慢しすぎなんだよ。もっと頼っていい」

 

静かな低音が、車内にゆっくり響く。

 

その言葉が胸の奥にじわっと染みていく。

 

(……これ絶対…)

(これ、好きになるやつ…)

 

自分でもわかってきてしまっていた。

でも今は、何も言葉にできなかった。

 

車のワイパーが、雨を静かに弾いていた。