夜。
夕飯を食べ終わった後、私はリビングのソファでスマホをいじっていた。
兄はいつものようにダイニングテーブルで何か資料を見ている。
静かな時間。
でも私は、さっきの出来事がずっと頭の中をぐるぐるしていた。
(……言うほどのことじゃないけど…)
(でも、なんとなく…)
ふと、自分から口を開いた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
兄は顔を上げてこちらを見る。
「ん?」
「今日ね、たまたま帰り道の裏通ったら…その、倉庫の方に行っちゃって」
兄の表情が少し動く。
「ああ?……あの裏の倉庫?」
「うん」
「誰かいた?」
「……凪くんがバイク整備してた」
兄は一瞬だけ目を細め、それから軽く笑った。
「ああ、あいつ最近ずっと自分の整備してるからな。あそこは整備場みたいなもんだ」
私はなんとなくモヤモヤしながら続ける。
「……整備してるの初めて見たけど、なんか全然雰囲気違った」
「だろ?」
兄はあっさりと言った。
「あいつ、表じゃ無愛想だけど元は結構器用だし、ああいう作業してる時はだいたい機嫌いいんだよ」
「……機嫌いいの?」
「本人は自覚してないだろうけどな」
兄は少しだけ冗談ぽく笑う。
「ま、あいつも人前でああいう顔することあんまりねぇし。七星が見たのは結構レアだな」
私は少しだけ頬が熱くなった。
「……別に、見ようと思ったわけじゃないし」
「おうおう、別に責めてねぇよ」
兄はタブレットを置いて立ち上がると、私の頭を軽くぽんぽんと撫でた。
「まあ、何かあったらすぐ言えよ。あの場所も安全とは言い切れねぇから」
「……わかってる」
「ほんとにな」
兄は軽く笑ってキッチンへ向かった。
私はソファに沈みながら、さっき凪くんに言われた言葉を思い出す。
『……コソコソ覗いてんなよ、変態』
(……はぁ、なんなのもう…)
(……なんであんなの気にしてるんだろ…)
胸の奥がじんわり熱いまま
私はスマホの画面をぼんやり眺め続けていた。



