黒兎の相棒は総長でも止められない



 

 

激しい乱闘は数分ほど続き――

相手が徐々に数で押され始めると、一気に散り始めた。

 

「もういい!引け!」

 

相手のボス格が叫び、バイクのエンジン音が次々に響く。
夜の空気に白煙と排気音だけが残った。

 

現場に残ったのは、兄たち黒兎連合の面々だけだった。

 

私はまだ震えが残る指先をギュッと膝に押し付ける。

 

その時だった。

凪くんがゆっくりと兄の指示を受け、車の方へ歩いてきた。

 

スッと、運転席側の窓のそばに立つ。

私は思わず目を見開いた。

 

窓越しに、凪くんと目が合う。

いつもの無表情。
でもその視線は、今までのどれとも少し違った。

 

鋭いはずの目が、ほんの少しだけ柔らかく揺れる。

 

「……平気か?」

 

静かな低音だった。

 

私は一瞬だけ息が詰まり、すぐに小さく頷く。

「……うん」

 

「……ならいい」

 

それだけ言うと、凪くんはまた無言で兄たちの方へ戻っていった。

 

ほんの短い時間。

でもあの一言だけが、妙に胸に残った。



 

***

 

その数分後、兄が車に戻ってきた。

ドアが開く音に、私はようやく呼吸を整える。

 

「悪ぃ。待たせたな」

 

「……ううん」

 

兄はすぐに車を発進させた。
しばらく無言のまま走り出す。

 

街の灯りが流れていく中、兄がゆっくり口を開いた。

 

「さっきの現場、見てたな?」

 

「……少しだけ」

 

兄は短く息を吐く。

 

「七星。今日見たのはほんの一部だ」

 

「……うん」

 

「この街は今、少しずつ外の奴らが入り込んでる。お前ももう知ってると思うけど…今まで以上に警戒してる」

 

「危険なんだよね…?」

 

兄は小さく頷いた。

 

「今夜は運が良かった。凪たちもよく抑えてくれた。でも――毎回が運良く終わる保証なんてない」

 

その言葉に、胸がざわつく。

 

兄はハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。

 

「本当に、無理すんな。危ないと思ったら、迷わず助け呼べ。絶対に、だ」

 

「……うん」

 

「どんな些細なことでも。わかったな?」

 

「わかった…」

 

兄の横顔は真剣だった。

さっきまで焼肉屋で見せていた柔らかさは消えていた。

 

私もただ小さく頷くしかなかった。

今まで遠くに感じていた“抗争”が、もうすぐそばまで来ていることを
はっきりと自覚していたから。