「……はあ……」
駅前で電車を降りた瞬間、息が白くなった。
夜風が思ったより冷たい。
「まじ寒いんだけど」
ブツブツ文句を言いながら歩く。
今日はクラスの友達とカラオケ。
思ったよりも盛り上がって、気づいたらこんな時間になってた。
隣にいた由梨が笑いながら手を振ってくる。
「七星〜!ここで曲がるから、また明日ねー!」
「うん!おつかれー!」
その隣で沙耶もにやにやしながら言ってきた。
「はーやく彼氏作れよー七星は〜!絶対男受けいいのに〜」
「はあ!?余計なお世話なんだけど〜!」
「はは!じゃね!」
二人の後ろ姿を見送りながら、私はため息をついた。
「……あーもう……ほんっと疲れた……」
遅くなったのがバレたら
お兄ちゃんに絶対なんか言われる。
あの人、口では放任主義みたいなこと言ってるくせに
変なとこ心配性なんだから。
そう思いながら
ふとカバンに手を入れる。
――ん?
……んん?
「……は?」
探しても探しても、無い。
鍵が。
「……うそでしょ……?は?は?は?」
「いやいやいやいや……鍵、ないし……」
一気に血の気が引いた。
うそ……カラオケに置いてきた?
でも確認して出てきたはずだし……
たぶん家に置きっぱなしなんだ。
「……やっば……」
「どうしよ……」
とりあえず――
お兄ちゃんに電話するしかないか。
スマホを握りしめて
兄の名前をタップする。
プルルルル……
プルルルル……
カチャッ
『おー』
「あのさ、いま駅前なんだけど……鍵忘れたっぽい」
「開けに来てくれない?」
『……あー……今ちょっと無理。』
「……は?なんで?」
その瞬間、スマホ越しに女の子たちのキャーキャー騒ぐ声。
明らかに騒がしすぎる背景音。
『ちょ、今取り込み中だからさ。マジで』
『また今度!』
ブツッ。
「……あ!?いやいやいやいや!切るなや!!!」
「ちょっと……まじクズすぎなんだけど……」
「ほんっとクズ兄だわ……。バカ兄貴……」
「まーた女かよ……ほんっとクズだわ……」
「しかも今日だけはって言ったよね!?あーもう!!」
思わずその場で小声で延々文句が止まらない。
「最低だな……寒いし……つか、家にも入れないし……なにこれ……」
「最悪……ほんと最悪……」
スマホをいじっても仕方ないのに、何度もホーム画面を開いたり閉じたりしてしまう。
ブルルルル……
ブルルルル……
再び兄からの着信。
「……なに?」
『今無理だからさ。凪に行かせたわ。』
「……は?」
『鷹宮。あいつに鍵持たせた。迎え行かせるわ。』
「ちょっと待って待って!?無理でしょ!?」
「よりによって、なんで鷹宮凪なの!?」
「他に誰かいるでしょ!?」
『いねぇって。今はそれしかねぇんだよ。悪いけど我慢して?』
ブツッ。
「……マジふざけんなっての……」
「ほんと最低……」
「凪くんとか絶対無理だし……やだし……怖いし……」
「よりによってあの人!?ありえないんだけど……」
「ほんっと兄貴のバカ……」
文句をひたすらぶつぶつ言い続けながら
立ち尽くしていると――
キィィィィ……
黒い車が静かに目の前に止まった。
ヘッドライトに照らされる中
ウインドウが下がる。
運転席にいたのは――
「……乗れ。」
無表情でこちらを見下ろす男、鷹宮 凪。
兄のダチで、一番近づいちゃいけない人――。
最悪な夜は
こうして始まった。



