──春の夜──

 

 

静かな月明かりが庭を照らしていた

 

 

障子の隙間から差し込む淡い光が
彩葉の髪先をぼんやりと照らしている

 

 

眠れずに布団を抜け出した彩葉は
縁側に腰を下ろして、静かに夜風を感じていた

 

 

──ドクン、ドクン

 

 

胸の奥で鳴り続ける鼓動は
この頃ずっと、抑えきれずに強まっていた

 

 

「……好きなのに」

 

 

ぽつりと零れたその言葉は
夜の空気に静かに溶けて消えていった

 

 

 

──

 

 

 

「……彩葉」

 

 

ふいに背後から聞こえた声に
彩葉は小さく肩を揺らした

 

 

振り返ると、そこには
部屋着姿の恭介が静かに立っていた

 

 

「……眠れなかったのですか?」

 

「うん……ちょっと……」

 

 

恭介は迷いなく隣に腰を下ろした

 

 

ふたりの間に流れる静かな沈黙

 

 

だけど、その沈黙すらも
今はやけに甘くて苦しかった

 

 

「……最近、よくこうして月を見ている気がします」

 

「……落ち着くからかな……」

 

「……それとも、考え事が増えたから……ですか?」

 

「……っ」

 

 

図星を突かれたように
彩葉はわずかに目を伏せた

 

 

「私も同じです」

 

 

静かに恭介が呟く

 

 

「考えれば考えるほど……あなたへの気持ちが、膨らんでいく」

 

「……」

 

「でも──それと同じくらい、怖くなる」

 

 

その言葉に
彩葉の胸がぎゅっと締め付けられた

 

 

「……恭介」

 

「はい」

 

「私、もう……我慢できないの」

 

「……」

 

「あなたが好き」

 

「……彩葉──」

 

「本当は、ずっと……ずっと、言いたかった」

 

「……私も、同じです」

 

 

恭介の声は少しだけ震えていた

 

 

「あなたがここに来てくれた時から──気づいていました」

 

「でも……私の立場も、時代も……全部があなたを守るには弱すぎて……」

 

「そんなこと、もういいの……私には、あなたが必要なのに」

 

「……」

 

 

ふたりの間の距離が
ゆっくりと埋まっていく

 

 

あとほんの数センチ

 

 

恭介がそっと彩葉の頬に手を添えた

 

 

「許してくれますか……これ以上、抑えきれない自分を」

 

「……ずっと、待ってたのに……」

 

 

次の瞬間──

 

 

ゆっくりと、でも迷いなく
ふたりの唇が重なった

 

 

優しく
深く
長く──

 

 

これまで抑えてきた全ての想いが
静かに、でも確実に溶け合っていく

 

 

──

 

 

 

唇が離れたあとも
恭介は彩葉をしっかりと抱き寄せたまま離さなかった

 

 

「……好きだよ」

 

「……私も、好き」

 

 

静かな春の夜
ついにふたりは
初めて同じ場所に立った──