──数日後──
春の風が暖かくなりはじめ
庭の梅の花が少しずつ咲き始めていた
彩葉は縁側に座り、縫い物をしていた
ゆったりとした静けさの中で
ふと、小さな足音が聞こえてくる
「彩葉ー!」
「あ、みんな……」
「お姉さん、これ折ったの!あげる!」
「わぁ……ありがとう」
手渡されたのは
小さな鶴の折り紙だった
「兵隊さんに渡してあげてね!お守りだよ!」
「……うん、ちゃんと渡すね」
その様子を恭介が少し離れたところから静かに見ていた
彩葉がふと気づいて顔を向ける
「……恭介」
「子どもたちも、あなたが大好きですね」
「……皆さん本当に優しくて……」
優しい風がふたりの間を通り抜けた
──
その夜──
廊下を歩くと
ふと障子の隙間から月明かりが差し込んでいた
「彩葉、まだ眠れませんか?」
「あ……恭介……」
「少し、月でも眺めませんか?」
「……うん」
縁側に並んで座る
静かな夜風が心地良い
「今日は穏やかな夜ですね」
「うん……こんな日が、ずっと続けばいいのに……」
「……そうですね」
恭介の声は、少しだけ遠くを見つめていた
「……時々、怖くなるの」
「怖い?」
「……この穏やかな日常が、突然消えてしまうんじゃないかって」
恭介が少しだけ眉を寄せた
「私も──同じです」
そして、そっと彼の手が彩葉の指先に触れる
指と指が、かすかに触れ合ったまま動かない
「……けれど、今はここにあなたがいてくれる」
「……」
「それだけで、私は救われています」
「……恭介……」
目が自然と合った
少し息が詰まる
あと少し
ほんの少しで触れ合う距離
けれど──
恭介はそっと手を引いた
「……すみません」
「……」
「少し、距離を詰めすぎたかもしれません」
「……そんなこと……ないのに……」
彩葉は、掠れる声で小さく呟いた
けれど恭介は静かに微笑んで立ち上がる
「今は……このくらいが、いいのかもしれません」
「……うん……」
残された縁側の月明かりが
切ないほどに柔らかく照らしていた
──ふたりの距離は
届きそうで、まだ届かないまま
ゆっくりと、でも確実に近づいていた──
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