「お先に失礼しまーす

お疲れ様でしたーっ」




___会社帰りの夕暮れ。

 

 

薄い夕日が街をオレンジ色に染めていた

 

 

「はぁあ……ほんっっと疲れたあ」

 
最近は本当に忙しくて
なかなか身体も休まらない

 

飲みも行かない

友達とも遊ばない

それに彼氏だって居ない

仕事行ってはまっすぐ家に帰る



ひたすら毎日その繰り返し





___本当飽き飽きしちゃう



そんなことを思いながら
肩を回しながら歩いていると

ポケットのスマホが震えた

 

 

着信──『おばあちゃん』

 

 

「…ん?珍しいな」

 

 

画面をスワイプして耳に当てる

 

 

「もしもし?」

 

 

『あら、彩葉?いま大丈夫かしら?』

 

 

「うん。どうしたの?こんな時間に」

 

 

 

電話の向こうで、千代ばぁの少し柔らかな声

 

 

『あのねぇ……今度の休みって空いてたりする?』

 

 

「え?まあ、予定はないけど……なに?」

 

 

『ちょっとね、蔵の整理を手伝ってほしくて』

 

 

「蔵?」

 

 

『そうそう、昔からある古い蔵なのよ
ずーっと放ったらかしだったから〜』

『ほら〜それにもういい歳だし
おばあちゃんもいつ死んじゃうか分からないじゃない?
迷惑かけないうちに片付けておこうかと思ってね〜』

 

 

「ちょっと、おばあちゃん縁起でもないこと言わないでよ」

 

 

『ふふっ、冗談冗談。でも本当片付けなきゃって思ってたのよ』

 

 

彩葉は思わず苦笑い

 

 

「まあ…確かに、ずっと残されても困るもんね」

 

 

『そうなのよ。悪いけど、手伝ってくれるとありがたいわ』

 

 

「はいはい、千代ばぁの頼みだもん
ん。分かった!じゃあ明日行くよ」

 

 

『ありがとうね、彩葉。無理はしなくていいから』

 

 

「大丈夫!じゃあ明日そっち来るね」

 

 

電話が切れたあと
信号待ちの交差点で、彩葉はふと空を見上げた

 

 

湿った風に、雲の隙間から月が覗く

 

 

「蔵なんて……小さい頃も入ったことなかったな」

 

 

ほんの少し
胸の奥に、不思議なざわめきが残った

 

 



──まさか、あんなことが待ってるなんて
この時の私は、まだ何も知らなかった