文化祭前の放課後。
廊下のあちこちにポスターや装飾用のダンボールが並び、校内はなんとなくそわそわした空気に包まれていた。
コメは、クラスで担当する模擬店の準備に参加していたけれど、ベクトルが飛び交う空間に少しだけ疲れていた。
(誰がリーダー気取りだとか、だれが誰を好きだとか、誰が無関心だとか……)
(見えすぎるって、しんどいな……)
そんなある日、文化祭のポスター制作のために「美術ボランティア班」と一緒に作業することになった。
――そこに、もっちゃんがいた。
夕方の美術室。大きな机に広げられた模造紙。カラフルな絵の具。窓から射す西日
机に向かって、無言で筆を動かすのは、もっちゃん
その絵は――優しく、でもどこか儚くて、見る人の胸をきゅっと締めつけるようなもの
委員男子A
「うわぁ……これ、プロじゃん……」
「てか、誰も手伝えなくない?この完成度……」
しげちゃん
「ほんとそれ〜、もうもっちゃん任せでよくない?」
コメも、少し離れたところでその絵を見つめている
言葉にならない、なにかに胸が締めつけられる
そのとき、美術室の扉が開く
渡部先生が無言で入ってきて、もっちゃんの後ろにしゃがむ
先生は何も言わず、ただ絵を見て、時折やさしく頷く
もっちゃんも、それに何も返さない。ただ筆を動かし続ける
その空間に、余計な音も、言葉もいらない
静かで、深くて、心地よくて――そして、誰にも入れない
先生がもっちゃんにだけ聞こえるような小声で何かを言う
もっちゃんは小さく笑って、うなずいた
その笑顔が、美術室の西日に照らされて、とてもきれいで――
空気が、まったく、変わらなかった。
普通なら誰かが来たら、特にそれが先生だったら、ざわつきが生まれる。
ベクトルが一斉に動く。
でも――今、この空間には、それがない。
(なに、これ……)
穏やかすぎる空気。
呼吸のリズムがまったく乱れない2人。
言葉じゃなく、筆先の動きだけで通じているみたいな。
それを見ていたコメは、胸の奥にじんわりと何かが溜まっていくのを感じた。
(……この2人、きっと、似てる)
(わたしとは違う)
(この人たちはきっと、同じリズムで生きてるんだ)
自分の矢印なんて、届くわけない。
そう思った瞬間――
コメの胸に刺さっていた「希望」の矢印が、ひとつ、ふっと消えた。
教室を出ていく途中、もっちゃんがふとコメの方を見た。
でも、何も言わなかった。
(やっぱり……無理だ)
美術部という、
コメが知らなかった先生の世界を見て、
コメの世界は、ほんの少しだけ色を失った。
廊下のあちこちにポスターや装飾用のダンボールが並び、校内はなんとなくそわそわした空気に包まれていた。
コメは、クラスで担当する模擬店の準備に参加していたけれど、ベクトルが飛び交う空間に少しだけ疲れていた。
(誰がリーダー気取りだとか、だれが誰を好きだとか、誰が無関心だとか……)
(見えすぎるって、しんどいな……)
そんなある日、文化祭のポスター制作のために「美術ボランティア班」と一緒に作業することになった。
――そこに、もっちゃんがいた。
夕方の美術室。大きな机に広げられた模造紙。カラフルな絵の具。窓から射す西日
机に向かって、無言で筆を動かすのは、もっちゃん
その絵は――優しく、でもどこか儚くて、見る人の胸をきゅっと締めつけるようなもの
委員男子A
「うわぁ……これ、プロじゃん……」
「てか、誰も手伝えなくない?この完成度……」
しげちゃん
「ほんとそれ〜、もうもっちゃん任せでよくない?」
コメも、少し離れたところでその絵を見つめている
言葉にならない、なにかに胸が締めつけられる
そのとき、美術室の扉が開く
渡部先生が無言で入ってきて、もっちゃんの後ろにしゃがむ
先生は何も言わず、ただ絵を見て、時折やさしく頷く
もっちゃんも、それに何も返さない。ただ筆を動かし続ける
その空間に、余計な音も、言葉もいらない
静かで、深くて、心地よくて――そして、誰にも入れない
先生がもっちゃんにだけ聞こえるような小声で何かを言う
もっちゃんは小さく笑って、うなずいた
その笑顔が、美術室の西日に照らされて、とてもきれいで――
空気が、まったく、変わらなかった。
普通なら誰かが来たら、特にそれが先生だったら、ざわつきが生まれる。
ベクトルが一斉に動く。
でも――今、この空間には、それがない。
(なに、これ……)
穏やかすぎる空気。
呼吸のリズムがまったく乱れない2人。
言葉じゃなく、筆先の動きだけで通じているみたいな。
それを見ていたコメは、胸の奥にじんわりと何かが溜まっていくのを感じた。
(……この2人、きっと、似てる)
(わたしとは違う)
(この人たちはきっと、同じリズムで生きてるんだ)
自分の矢印なんて、届くわけない。
そう思った瞬間――
コメの胸に刺さっていた「希望」の矢印が、ひとつ、ふっと消えた。
教室を出ていく途中、もっちゃんがふとコメの方を見た。
でも、何も言わなかった。
(やっぱり……無理だ)
美術部という、
コメが知らなかった先生の世界を見て、
コメの世界は、ほんの少しだけ色を失った。



