先生×秘密

修学旅行の朝。
空は雲ひとつない晴天で、クラスメイトたちはすでにテンション高めだった。

「お菓子いれすぎてリュック閉まんなーい!」
「夜、トランプやろうね!UNOも持ってきた〜」
「先生に見つかっても知らないからね〜〜!」

バスの中も賑やかで、コメはそのざわめきを少し離れた窓際で聞いていた。
ベクトルが入り乱れる空間。楽しい、嬉しい、でもちょっと張り合い。
ぐるぐると動く色に、目が回りそうだった。

 

 ――そんな中で、彼はやっぱり、静かだった。

別のバスで移動していた渡部先生は、目的地で他の教師たちと談笑していたが、
あいかわらず、コメの目にはベクトルが見えなかった。

 (やっぱり、ないんだ、この人には)

それだけが、唯一の“落ち着ける場所”みたいで。
それなのに――



 

「せんせー!今日、どの班にくっつくの〜?」

キャピっとした声が飛ぶ。

「え?もちろんウチの班でしょ?」
笑いながら、ぐいっと腕を組むのは、カオリだった。

白い肌、サラサラの髪。あざとく笑う顔。
矢印は、まっすぐ渡部先生に向いていた。濃いピンク色。
それに気づかないフリをしてる先生の空気が、逆にしんどい。


「え〜また?」「1年のときも一緒だったじゃん」
「ホント仲いいよね〜」「卒業後に手出したらダメっすよ〜先生!」

茶化す声、冗談のようでほんの少しの本音。
その“知らない世界”の言葉に、コメの中で、何かが少しチクッとした。

 

 (そうか……この人たちは、ずっと前から、こうだったんだ)

 (私は――)

自然な流れで、先生はカオリ達と一緒に歩き出す

「は〜!班別行動とか楽しみすぎる!!」
「うちら、食い倒れ班でしょ!? 鯛めし、アイス、プリン、ぜ〜んぶ制覇しよ!!」

何も気付いていないのか、空気を察してなのか、しげが明るくコメに声をかける



班別行動が始まり、自由にお土産屋を巡る時間。
コメはグループのみんなから少し離れて、棚に並んだキーホルダーをぼんやり眺めていた。

並んだご当地キャラのチャームたち。誰かの顔を思い浮かべながら選ぶのが、ちょっと楽しみだった。

(お母さんにはこれで……しげちゃんには……)

 

ふいに、背後からふわっと近づく気配。

「……俺もあとで、それ買おうかな」

ぴたり、と背中に影が重なった。

耳元で、あの低い声。
ふり返ると、すぐそばに渡部先生が立っていた。
目を合わすことなく、でも、ちゃんとそこにいて――
そのまま、すっと立ち去っていった。

 

 (……え?)

 

私が手に取ったから?
それとも――ただの偶然?

 

心臓が、どくん、と音を立てた。
顔が熱い。思考が混ざる。視界が揺れる。

(わかんないよ、そんなの……)

 

でも、確かに今。
ほんの少しだけ、ベクトルが、揺れたような気がした。

 

そして――

少し離れた場所。
こっそりとその様子を見ていたカオリのベクトルが、ぐっと色を変えた。

濃いピンクが、ゆらりと滲んで、にごった赤紫へ。

それは、嫉妬の色だった。