先生×秘密



教室の黒板には「3年3組 バザー」の文字。
手描きのポップ、手作りの小物。
コメもエプロン姿で笑顔を浮かべる。

 

(こんなに笑えるもんなんだ、文化祭って)

 

しげちゃんがクッキー売りながら手を振ってくる。
カオリは廊下で男子とじゃれあってる。
もっちゃんは自分の描いたポストカードを並べている。

 

 (全部、好きなはずなのに――)

 

目に映るすべてが、遠く感じる。
どこかうわの空で、ふと、廊下の向こうに白いシャツが見えた。

 

 ――渡部先生。

 

 (……会いたいのか、会いたくないのか)

 

でも、気づいたら足が動いていた。

早足で教室をでていくコメをカオリがみた。
あっ、という表情をしたけれど、

「さっき、意地悪言っちゃったからな。見逃す。頑張れ。」
と呟き、ふんっとしながらも
周りの男子とまた笑顔で話し出す。



コメは階段を上がり、屋上へ向かう。
扉の前で、少し深呼吸。

 

キィ、と音を立てて開けた扉の向こうには、
風と、あの懐かしい匂い。

 



そして――先生がいた。

 

煙草に火をつけた瞬間、気づかれた。

 

 「コメ」

 

 名前を呼ばれただけで、胸がざわついた。

 

 「文化祭、逃げてきた?」

 

 「ううん……ちょっとだけ、ひと息つきたくて」

 

 先生は少し笑って、手すりにもたれる。

 

 「俺も。……ああいう場所、苦手なんだよな」

 

 (ああ、こういうとこ。やっぱり先生と似てる)

「文化祭委員担当のくせに」

しばらく風の音だけが吹き抜けた。
たばこの煙が、青空にとけていく。

 

「言っただろ。この委員会にした理由聞きたいか?って」



 

言葉を選びながら、でも止められなくて、コメは言った。

 

「先生も、人の感情や気持ちの色がみえますか?」

 

ふっと、先生の目が動いた。
まるで、すでに知ってたような、そんな反応。

 

「なんで、そう思った?」

 

「だって……先生、誰の矢印もまともに受け止めてないのに、
私のだけ、たまに……届いてる気がするから」

 

先生は、少し間をおいてから答えた。

 

「そうか。お前には……そんなふうに見えてたんだな」

 

その言い方は、
否定でも、肯定でもなかった。

 

でも、たしかにあった。
風の中に、先生からの小さな矢印。

 

目に見えないけど、たしかにこっちを向いていた。

矢印だけでなく
先生も。

 

 「……ずるいです、先生」

 

コメの声が震えた。

 

「ずるいのは……俺じゃなくて、立場の方さ」

 
言いながら、煙草の火を消す。
そして、くしゃっと髪をなでた。

 

「文化祭、戻れ。お前が笑ってないと、台無しだ」

 

 (今、撫でたのって――)

 

矢印を読もうとしても、もう読めなかった。
胸がいっぱいで、ただ、風を感じていた。