春が過ぎ、初夏の気配が街に満ち始める頃——

 俺はまだ、生きていた。

 本来なら、とっくに迎えていたはずの期限を越えて——俺は、まだここにいた。

 医者は驚いていた。

「……正直、ここまで延びるとは思っていませんでした」

 検査結果を見ながら、医師は慎重な表情で告げた。

「腫瘍の進行は確かに遅れている。しかし、完全に止まったわけではありません。慎重に様子を見る必要があります」

「……わかりました」

 淡々と答えながらも、内心では奇跡のようなこの延長戦に、胸が熱くなっていた。

(まだ時間をくれたんだ——この世界は)



 病院からの帰り道、待合ロビーで待っていた紗希が駆け寄ってきた。

「どうだったの!?」

「……大丈夫。進行はまだ穏やかだって」

 紗希は安堵の表情を浮かべ、俺の腕にぎゅっとしがみついた。

「よかった……よかったよぉ……」

 小さく泣きながら、紗希は顔をうずめた。

 その温もりを感じながら、俺はそっと彼女の背中を撫でた。

「紗希……ありがとう。お前がそばにいてくれるから、俺はまだこうしていられるんだと思う」

「違うよ……湊が強いからだよ」

 紗希は顔を上げ、涙に濡れた笑顔でそう言った。

 その笑顔が、俺にとっての支えだった。



 真も駆けつけてくれて、3人で再び音楽室に戻った。

「延長戦だな!」

 真がニヤッと笑う。

「うん……まさかここまで来れるとは思わなかった」

「まだまだだろ。俺たちのバンド、伝説作ろうぜ」

 俺は静かにギターを構えた。

「よし、なら新曲作り始めようか」

 新たな未来が、また静かに動き始めていた——。