春が過ぎ、初夏の気配が街に満ち始める頃——
俺はまだ、生きていた。
本来なら、とっくに迎えていたはずの期限を越えて——俺は、まだここにいた。
医者は驚いていた。
「……正直、ここまで延びるとは思っていませんでした」
検査結果を見ながら、医師は慎重な表情で告げた。
「腫瘍の進行は確かに遅れている。しかし、完全に止まったわけではありません。慎重に様子を見る必要があります」
「……わかりました」
淡々と答えながらも、内心では奇跡のようなこの延長戦に、胸が熱くなっていた。
(まだ時間をくれたんだ——この世界は)
*
病院からの帰り道、待合ロビーで待っていた紗希が駆け寄ってきた。
「どうだったの!?」
「……大丈夫。進行はまだ穏やかだって」
紗希は安堵の表情を浮かべ、俺の腕にぎゅっとしがみついた。
「よかった……よかったよぉ……」
小さく泣きながら、紗希は顔をうずめた。
その温もりを感じながら、俺はそっと彼女の背中を撫でた。
「紗希……ありがとう。お前がそばにいてくれるから、俺はまだこうしていられるんだと思う」
「違うよ……湊が強いからだよ」
紗希は顔を上げ、涙に濡れた笑顔でそう言った。
その笑顔が、俺にとっての支えだった。
*
真も駆けつけてくれて、3人で再び音楽室に戻った。
「延長戦だな!」
真がニヤッと笑う。
「うん……まさかここまで来れるとは思わなかった」
「まだまだだろ。俺たちのバンド、伝説作ろうぜ」
俺は静かにギターを構えた。
「よし、なら新曲作り始めようか」
新たな未来が、また静かに動き始めていた——。