夏フェスの成功は
俺たちのバンドに大きな自信をくれた。
学内でも、学外でも、少しずつ名前が知られていき
SNSでもフォロワーが増え始めた。
俺たちはまさに、青春の絶頂にいた。
けれど——。
その幸せの裏で、身体は静かに悲鳴を上げ始めていた。
夏フェスが終わった翌週——
次の日常が、何事もなかったように始まった。
だけど、俺の中では少しずつ変化が積み重なっていた。
疲労は抜けにくくなり、頭痛の頻度も以前より増えた。
(……兆候が出始めてる)
医者からは「進行は緩やか」と言われていたが、それでも腫瘍は確実に俺の中で育っている。
音楽室での練習中——
「湊、大丈夫?」
紗希が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ちょっと疲れてるだけ。平気だよ」
そう言って笑ってみせる。
けど、その嘘もそろそろ限界だと自分では分かっていた。
真も、気づいているのかもしれない。何も言わず、ただじっと俺を見つめていた。
*
夜、自室のベッドに横たわりながら天井を見つめる。
(時間が戻ってから、ここまでこれた)
(本当に幸せだった。けど——)
カレンダーに目をやると、初めに余命宣告を受けた日から既に4ヶ月以上が経っていた。
(残り、あとわずかだ)
眠れぬままスマホを手に取り、バンドのグループチャットを開いた。
【次のライブも全力で行こうぜ!】
【もちろん!】
【うん、最高のライブにしよう!】
紗希と真の返信がすぐに返ってきた。
それを見た瞬間、涙がじんわりと滲んだ。
(ありがとう。お前らがいるから、ここまで走ってこれたんだ)
でも、このままでは終われない。
(最後まで……最高の未来にする)
*
次のイベントは、秋の地域音楽祭。
今度は屋外ステージでの大規模なイベントだった。
「もう秋なんだな……」
控室の外で風に当たりながら、俺はつぶやいた。
「早いよな。夏フェスから、あっという間だもんな」
真が隣で腕を組んで笑う。
紗希も控えめに笑った。
「でも、こんなに濃い数ヶ月は初めてだよ。ずっと夢の中にいるみたい」
俺はそっと紗希の方に目を向けた。
(この数ヶ月は、紗希への想いもどんどん強くなってる——けど)
それを言葉にする勇気は、まだ持てなかった。
(最後に必ず、全部伝えよう)
心の中でそう決めるだけだった。
*
そして、秋の音楽祭本番。
夕暮れの光に照らされながらステージに立つ。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
マイク越しに叫ぶと、大きな拍手が返ってきた。
観客の中には、クラスメイトや先生たち、家族の姿も見える。
父さんと母さんも、手を振ってくれていた。
(この景色を、絶対に忘れない)
演奏が始まると、もうすべてが無心だった。
音楽が全てを包み込み、客席と一体になっていく。
紗希のコーラスは澄んだ夜空に溶け、真のベースは大地を揺らすように響いた。
『どんな未来でも、君となら越えていける』
最後のフレーズを歌い終えたとき、目頭が熱くなっていた。
「……ありがとう!」
マイク越しに最後の想いを叫び、深く頭を下げた——。



