プロローグー始まりの春ー


 春の風が、桜並木を優しく揺らしていた。


 高校2年の春、俺たちは何の変哲もない日常を生きていた。

 朝の教室に入ると、いつもの声が聞こえてくる。

「湊ー、おはよ!」

 紗希が俺に向かって手を振る。

「おはよ、紗希」

 少し恥ずかしそうに挨拶を返すと、真が後ろから俺の肩を叩いた。

「おう、今日も眠そうだな。夜更かししてたろ?」

「ちょっとゲームしてただけだよ」

 そんな他愛もない会話が、俺の日常だった。

 この頃の俺は——まさか数ヶ月後に、あんな現実を突きつけられるなんて想像もしていなかった。



 昼休み、校舎裏のベンチで三人並んでパンを食べるのが俺たちの定番だった。

「なあ湊、真面目な話していい?」

 真がパンの袋を丸めながら切り出した。

「なに?」

「バンド、やろうぜ」

「……バンド?」

「そう。せっかく3人いるし、音楽室も空いてる。今しかできないだろ?」

 俺は驚きながらも、どこか胸が高鳴った。

「面白そうだけど……俺、ギターとか触ったことないぞ?」

「大丈夫だって。俺、ベースやるし、紗希はキーボード弾けるだろ?」

「え、私も入るの!?」

 紗希が目を丸くする。

「当然だろ! 紗希のピアノ、ずっと聴いてて上手いって思ってたし」

 紗希は頬を赤らめながらも、少し嬉しそうに微笑んだ。

「……じゃあ、私もやってみようかな」

 その瞬間、俺たちの新しい日常が始まった——。



 放課後の音楽室は、すぐに俺たちの居場所になった。

「ほら湊、まずはコード押さえるとこからだ!」

 真に言われながら、指がつりそうになりながらも練習を続けた。

 紗希の優しいキーボードの音色が流れ、真のベースがそれを支える。

「……楽しいな、これ」

 自然と声が漏れた。

「だろ? 音が重なるって最高だよな」

 真がニッと笑う。

 紗希もそっと笑っていた。

 何気ない日常。

 でも今思えば——あの時間こそが、かけがえのない奇跡だったのかもしれない。

(そして、まさかあの日が——始まりだったなんて、まだ誰も知らなかった)


ー序章ー


「今日は最高だったな!」




真が肩を叩きながら、満面の笑みを見せる。




高校二年、秋の終わり。


体育館での初めてのライブを成功させて


俺――湊(みなと)と親友の真(しん)

そして

俺の憧れの子・紗希(さき)は

夕暮れの街を歩いていた。



その日は、文化祭の最後を飾るライブだった。


クラスメイトや先生たち、後輩たちまで体育館に集まり、会場は満員になっていた。



「緊張してきた……」



ステージ袖で紗希がつぶやく。


彼女は今回、コーラスとキーボードを担当してくれている。



「大丈夫だよ。紗希のコーラス、めちゃくちゃ綺麗だから」



真が励まし、俺もうなずいた。


「そうそう。全員で作るライブなんだからさ、楽しもうぜ」



真はベース、俺はボーカルとギターを担当している。


俺たちはこの文化祭のために、半年以上も練習を重ねてきた。


放課後の音楽室、休日のスタジオ、時には真の家で深夜まで音合わせをした。



「次のステージは、2年B組のスペシャルバンドです!」



司会の声と共に、歓声が沸き上がる。

俺たちは顔を見合わせ、深呼吸した。



「行こう」

ステージに立つと

眩しいライトと観客の拍手が迎えてくれた。



「みんな、盛り上がっていこう!」

俺の声に、体育館中が歓声で応えた。

最初の曲はオリジナルの『明日へ』


軽快なリズムに乗せてギターをかき鳴らす。


真のベースが低く力強く鳴り、ドラムのリズムも完璧だった。


紗希の透き通るようなコーラスが重なると、曲は一気に鮮やかに色づいた。


観客の手拍子が自然と生まれ
みんなが笑顔でリズムに乗ってくれる。

曲が進むにつれて、俺の緊張は消えていった。



「最高だな……」



___歌いながら心の中で思った。

この瞬間のために、どれだけ努力してきたか。


曲が終わるたびに歓声と拍手が響き渡る。

俺たちのオリジナル曲も
カバーした人気曲も

すべてが観客に届いているのを感じた。


最後の曲は、俺たち三人で作った新曲『君と描く未来』。


イントロが流れ始めた瞬間、会場は一気に静まり返る。


「この曲は、俺たち三人で作った大切な曲です。聴いてください」


マイク越しにそう告げると、静けさの中に緊張と期待が混ざった空気が流れた。


歌い出すと、紗希のキーボードが優しく旋律を支えてくれる。

真のベースがそれに重なり、音が厚みを増していく。


『君と描く未来を いま 重ね合わせて
どんな明日も きっと 越えてゆける』


歌詞に込めた思いが

観客一人ひとりに届いていくのが分かった。


紗希が優しく目を閉じながらコーラスを重ね、真がリズムを支える。

体育館の隅々まで、音が広がっていった。


最後のサビを歌い上げる頃には、自然と涙ぐむ観客の姿も見えた。


曲が終わると、しばらく静寂が流れ、すぐに大きな拍手と歓声が巻き起こった。



「ありがとう!」





俺たちは深く頭を下げた。

ライブが終わって楽屋に戻る途中、真が俺の肩を叩いた。


「湊、お前最高だったな!」

「いや、みんなのおかげだよ」

紗希も笑顔でうなずく。

「また絶対ライブやろうね!」



その言葉に胸が高鳴った。

今この瞬間が、ずっと続けばいいのに――心からそう思った。








___だが、その夜




俺の世界は、一変することになるのだった。

突然の激しい頭痛に襲われ、目の前が真っ白になった。

目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

医師が告げた言葉は、残酷だった。





「脳腫瘍……余命は半年です」




俺の人生は、あと半年。