佐倉颯。
確かに、佐倉颯っていうと、聞き覚えがあるような。
芸能界に疎い私でも聞き覚えがあるのだから、その活躍は目覚ましいものなのだろう。
にしても、さくら、なんて。
嫌に記憶を刺激してくる。
これから学校生活を送る上でその名前を聞くのは避けられないであろうことを考えると、少しだけ気分が落ちた。
彼には悪いが、出来るだけ関わりたくない。
いや、そもそも芸能人で、住む世界も違えば、学年も違うのだし、関わることもないか…
そんなことを思っていると。
「ねぇ、なんか、こっちきてない…?」
訝しげな美久の声に、顔を前にあげた。
例の人だかりに目を向けると、先ほどまで彼を隠していた人だかりが二手に割れ、自然と道を作り出していて。
明らかに周りと違う雰囲気を纏った男が1人、こちらを見ている。
スラッと長い手足に、遠目からでも分かるきめ細かい肌、小さな顔。ヘーゼルブラウンの柔らかそうな前髪から覗く目元には、泣きぼくろが一つ。
目頭から目尻にかけて綺麗な弧を描く瞳は、たとえ無表情でも笑って見えるのではないだろうか。
なるほど、確かに"王子"。
これだけ目立つというのに、柔らかい雰囲気だからか、声をかけられるまで、思ったより近くに来ていることに気付かなかった。
「花咲涼香さんですよね?少し、いいですか?」
遠慮がちな声でそう言いながら、柔和な笑みを溢す。
「うっそ…」
「あら、大漁ね。」
後ろから遙たちの声が聞こえる中、私の胸は少しざわついていた。
