教室の窓から見える広い校庭では、サッカー部が掛け声を上げて走っていた。
俺は、エアコンの効いた名門校の教室で、プリントに名前を書いていた。

夏休みの補習授業は、
「特殊な理由」で課外授業を欠席した人間のために催される。

制服の上からでも目立つ脚の長さ。
整った華やかな顔。小さい頭。
朝の駅で携帯のカメラを向けられるのには、もう慣れた。

目立つルックスってのは、どこでも注目の的になる。
けど、カメラは向けられる理由はそれだけじゃない。

俺は——平沼一希は、中学生ながらにアイドルだった。

きっかけは、中学1年のときに名門アイドル事務所に履歴書を送ったこと。
結果は、拍子抜けするほどあっさり合格。

俺は晴れて、「名門中学の学生」という肩書きに、
「アイドル」という冠をつけることを許された。

ダンスも歌も未経験だったけど俺は飲み込みが早かった。
なんといっても、運動神経はあるし、記憶力は抜群。
未知の世界でも努力をすれば扉が開いて、
結果が出るのは当然だった。

スタジオの鏡の前で踊るたびに、周囲の視線が変わっていく。
それが気持ちよくて、
誰よりも早く振りを覚えて、誰よりも少年らしい笑顔を作るようになった。

「平沼くん、次の収録、来れる?」
「はい。行けます!」

先に入所したやつらを次々と追い越して、
バックポジションもテレビ出演も、ぜんぶ手にする。
前へ、前へと進んでいくのは、まるでイージーモードのゲームみたいだった。

ライブの裏側、ステージの袖、照明のまぶしさ。
他のやつが緊張で青ざめてるとき、俺だけは笑って立っていられた。

(だってお前ら、ぬるいんだもんなあ)

結果を出すまでの道筋を逆算して、着実に努力を積み重ねる。
苦手を打ち消すためには執拗に練習を繰り返し、
体づくりやルックスの調整などステージに出るまでの準備も怠らない。

もちろん、えらい大人たちや出世頭の先輩たちへのアピールも忘れちゃダメだ。

(頭使えば、分かりそうなもんだけど)

俺は昔、思っていた。
ここは腐っても名門アイドル事務所。
さぞかしエリート揃いなのだろうと。
けれど、実態は違った。

玉石混交といっても、とにかく石ころ側の人間の多いこと。

たとえば、才能もないのに、努力すらしないやつ。

「カズキ、なんでそんなに振り覚えるの早いんだよー。
やっぱ天才なん?」

(おまえらとは、やってる量が違うんだよ)

自惚れだけ一人前の甘ったれ。

「おまえさー、ほんと出たがりだよな。
そんなに必死こいて何がしたいわけ?」

(実力あってもアピんなきゃ埋もれるって、
アイドルのくせにわかんねえの?)

最悪なのは、頭も意識もゆるい、ただの素人。

「合コンこねぇって、ガチ?
もしかして本気でデビューとか目指してんの?」

(俺は遊びでここにいるんじゃない)

俺はそういう時、笑って流す。
だけどそのあと、決まってレッスン室の鏡を強くにらみつける。
鏡の中では、自分だけが前を見ているかのようだった。

前へ前へと出ていくうちに、
「平沼はブサイクなのにデビューを狙っている」のだと
陰で笑われるようにもなった。

でも、腹なんか立たなかった。
むしろ何もわかってないんだって、哀れに思えたくらいだ。

確かに、俺の見た目はアイドルとしては及第点。
ルックスだけでのしあがれるほどじゃない。

でも、アイドルに必要なのは総合力だ。
絶世のイケメンだけが成功する世界じゃない。
そんなこと、過去のアイドルを見ればわかることだろうが。

(まさに賢者は歴史に学ぶ、だ)
俺は内心ニヤリと笑った。

そう、平沼一希は、天才ではない。
けれど、強く賢い少年だったのだ。

得意分野を見つけたら、全力でアピールした。
理想のアイドル像を語り、行動で証明しようとした。

自分を見つめる女の子たちに、
「俺についてこい」と心の中で叫びながら踊る時間は、
何より快感だった。

そうして過ぎた3年間は、
まるで成功への階段が俺にだけ見えてるような時間だった。