あの夜のことがあってから
私はもう、完全に戻れなくなってた

飛悠くんの腕の中で泣きじゃくったあの夜
頭の中は真っ白だった

でも──
胸の奥は
ずっとずっと、あたたかくて苦しかった

 

その後も連絡は少しずつ取り合うようになった

以前よりも、ちょっとだけ頻繁に

ふたりの距離は
少しずつ、ほんの少しずつ
変わり始めてる気がしてた

 

夜──

今日は珍しく、飛悠くんの方から連絡が来た

【少しだけ顔出せる?】

 

そのメッセージに
私はすぐ「行く」って返事を打ってた

会いたくてたまらなかったから

 

マンションのインターホンを押すと
いつもの穏やかな声が返ってきた

「あいてるよ」

 

部屋に入ると
彼はソファに座ったまま、私を見上げた

「来たな」

「…うん」

部屋の中は静かで
テレビの音も何もない

前よりも
この空気が心地良く感じるようになってた

 

私はそのまま
自然に彼の隣に座った

 

「…大丈夫?疲れてない?」

「まあ…多少はな」

「……無理しないでよ?」

「玲那に言われるとは思わなかった」

少しだけ笑った飛悠くんの横顔が
優しくて切なくて
胸がきゅうっと締め付けられる

 

──この人をもっと楽にしてあげたい

それがいつの間にか
私の中で強くなっていた

 

「…ねえ」

私はそっと彼の袖を掴んだ

「ん?」

「もう…大丈夫だよ?」

小さな声でそう呟いた

「……何が?」

「だって…私、全部わかってるから…」

「玲那──」

「わかってるの。子供とか、未成年とか…ダメなことだって」

「……」

「でも、私はもう…“誰かの客”じゃないんだよ…」

震えながらも、私はしっかり目を合わせた

「飛悠くんが…好きだから」

 

またギリギリの距離まで近づく

飛悠くんは唇を噛みながら
しばらく目を閉じたまま黙ってた

 

──次に進むか、踏みとどまるか

そんな空気が部屋の中に重く漂ってた