昨日の雨宿りの帰り道

あの「言わなくていい」の言葉が
ずっと頭の中で繰り返されてた

 

…嫌だったわけじゃないよな?
…でも避けられた…わけでもないよな?

 

そんなモヤモヤを抱えたまま
翌朝が来た

 

 

ピンポーン…

 

いつもの時間
いつものように美奈の家のインターホンを押す

 

玄関が開くと、美奈が出てきた

 

「…おはよ、怜」

 

「…おはよ」

 

たぶん
お互い昨日のこと考えてる

 

だけど
いつもと同じように並んで歩き出した

 

 

沈黙が少しだけ重く感じる

 

普段なら俺がふざけて話しかけるところなのに
なぜか言葉が出てこなかった

 

でも――

 

「…今日、文化祭の準備あるから
いつもより早く帰れるね」

 

美奈が話題を変えてくれた

 

「…ああ、そうだな」

 

一瞬、ホッとするような
でもなんかモヤつくような

 

 

「…あ、そうだ」

 

美奈が小さく声を上げた

 

「うちのクラス、模擬店やるの決まったんだけど…
怜、買い出し当番入ったでしょ?」

 

「ん、入った」

 

「私も入ってる」

 

「へえ」

 

自然と
少しだけ空気が軽くなった

 

“…合わせてくれたんだろ?”

心の中でそんな意地悪な勘ぐりが浮かんで
思わず口元が緩んだ

 

でも今は
その小さな優しさに救われてる俺もいる

 

 

教室に入ると、すでにクラスは文化祭ムード全開だった

 

「よっ 幼馴染コンビ今日も仲良し〜」

 

「はあ?別に普通だから!」

 

美奈はいつもの調子でツッコんでる
でもその声のトーンも
ほんの少しだけ昨日より軽かった気がした

 

 

放課後、文化祭準備の作業が始まった

 

「怜!このリスト持ってスーパー行ってきて!」

 

「おう」

 

隣で美奈もリストを受け取る

 

「…じゃあ、行こっか」

 

「…ああ」

 

俺たちは
並んで校門を出た

 

歩幅は自然と揃ってるのに
昨日よりほんの少しだけ距離が近い気がした

 

まだはっきり言葉にはできないけど
ちゃんとまた、少しずつ戻れてる――

 

そう感じた俺は
心の中で小さく息を吐いた

 

“ちゃんと俺のこと男として見てくれてんだろ?”

 

そう勝手に思い込みながら
夕暮れの買い出しに向かう道を並んで歩いた

 

ーーー

夕方のスーパーは、文化祭準備の高校生でちょっと賑わってた

 

俺と美奈は並んでカートを押しながら
買い出しリストを確認していく

 

「えっと…次は紙皿と割り箸」

 

「この辺か?」

 

俺が棚を指さすと
美奈がスッと近づく

 

指先がかすかに触れそうになる距離

 

ふと
お互い同時に手が伸びて
一瞬、指先が触れた

 

「…っ」

 

「…わり」

 

「い、いいってば」

 

美奈がちょっと早口になる

 

 

…ほんと、昨日の雨宿りから
ずっとこんな空気だ

 

お互い何も言わないけど
絶対に意識してるのはわかってる

 

 

カートを押しながら
少し前を歩く美奈の背中を見つめる

 

“…今日の髪、巻いてきてんじゃん”

“服もなんか可愛いし”

“わざとだろこれ 絶対”

 

俺の心臓は
さっきから落ち着かない

 

 

「…次、ジュースだよね?」

 

「ん」

 

ペットボトルの棚にたどり着くと
また同じタイミングで手が伸びた

 

今度はお互い無言のまま
少しだけ手を引っ込める

 

「…先取れよ」

 

「…じゃあ、ありがと」

 

美奈が小さく笑う

 

その笑顔見てると
なんかもう、余計にドキドキが止まらない

 

 

精算を終えて袋詰めをしてるとき
美奈がふと口を開く

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「…昨日のことだけどさ」

 

一瞬
心臓が跳ねた

 

でも――

 

「…ありがと、風邪引かずに済んだ」

 

それだけだった

 

「ああ そりゃ良かった」

 

わざと軽く返すけど
内心はちょっと拍子抜けと安堵の両方

 

“…まあ、でも言わないのは美奈らしいか”

 

俺は袋を持って、自然と美奈の分も受け取る

 

 

「…ありがと」

 

 

帰り道、並んで歩く道は
少しだけ夕焼けが差し込んでた

 

沈黙は続くけど
その沈黙すら悪くない

 

手の甲がたまにかすかにぶつかるたび
お互い何も言わずに
わざと何も言わずに

距離だけは自然と保っていた