文化祭が終わった翌朝

 

いつもなら
当たり前みたいにピンポン押してた俺の足は

 

今日だけは
玄関の前まで行けなかった

 

“なんか…今日は、いいか”

 

足だけが勝手に学校へ向かってた

 

 

 

教室に着くと
まだほとんど誰も来ていない

 

カバンを机に置いて
ぼんやりと窓の外を眺める

 

心臓がずっと落ち着かないまま
少しずつ教室に人が増え始めた

 

 

そして――

 

「…おはよ、怜」

 

美奈の声がした

 

俺は咄嗟に振り返ったけど
目を合わせきれずに軽く視線を逸らす

 

「…ああ、おはよ」

 

 

少し沈黙が流れた

 

美奈は少しだけ困ったような顔をして
小さく笑う

 

「…迎えに来ないなんて珍しいじゃん」

 

美奈のその一言に
胸の奥がギクリとする

 

“…分かってんだよ こっちだって”

 

 

「…いや、ちょっと用事あってさ」

 

嘘だった

 

 

「そっか…」

 

美奈の返事は
やけに静かだった

 

 

机に座った美奈は
制服の袖を指でいじりながら

 

何かを言いかけて
でも飲み込んでるのがわかる

 

 

“なんでもねえ”

 

そうやって俺も
目の前のモヤモヤから逃げ続けてた

 

 

でも
逃げても逃げても

 

美奈の隣に座るこの席は
結局 変わらず俺の場所で

 

それが逆に
どんどん苦しくなってくる

 

 

「…怜さ」

 

不意に美奈がぽつりと声を落とした

 

「ほんとは何か…怒ってる?」

 

 

一瞬だけ
心臓が跳ねた

 

でも――

 

「怒ってねぇって」

 

また それしか言えなかった

 

美奈は
ゆっくり目線を落として

 

「…ならいいけど」

 

小さくそう呟いてから
静かに筆箱を開けて授業の準備を始めた

 

 

俺は
ただ隣で俯いたまま

 

息をひとつ
静かに吐くしかできなかった

 

 

“…もう、限界かもしんねぇな”

 

けど まだ
その一歩は踏み出せないままだった