ゼアルの家へ向かう道中、ソワソワして落ち着かなかった。意味もなくキョロキョロしたり、服のシワを伸ばしたりして、カミーユから笑われた。

 「そんなに緊張する?」

 「う、うん。10日以上会えてなかったし……。
それにもし、ドアを閉められたらと思うと……」

 「まぁ、あいつも君の気持ちは知ってるから、蔑ろにはしないと思うよ」

 やっとゼアルの家に辿り着いた。ここまで来るのに何年もかかったような気分だ。
 と、同時に気まずさもよみがえってきて、ドアすら直視できなくなった。

 「ど、どうしよう。どんな顔して会ったら……」

 「言ったじゃないか。とびきりの笑顔だよ」

 軽く言うと、カミーユはドアをノックしてしまった。
 ガチャリと鍵を外す音が聞こえ、ずっと会いたかった顔がドアから覗く。

 「カミーユ、と――」

 ゼアルの顔を見た瞬間、胸がいっぱいになって、緊張も不安も何もかも吹き飛ぶ。 気がつけば彼の胸に飛び込んでいた。

 「ゼアルッ」

 「わぉ、大胆」

 「リ、リィス……恥ずかしいから、せめて中に入ってからな?」

 カミーユのからかいを受けてか、戸惑った声でゼアルが言う。久しぶりの優しい声に、腕に力が入る。

 「リィス……まだ外だから……」

 「ははははっ。じゃあ、僕はお邪魔みたいだから、この辺で」

 カミーユの言葉を聞いて、慌ててゼアルから離れた。
改めてお礼を言いたいからだ。

 「カミーユ、本当にありがとう!」

 「どういたしまして。……ゼアル、大丈夫だよね?」

 「ああ。もうしばらくは大丈夫だ」

 「もうしばらく……?」

 私からは疑問の声で、カミーユからは低く、確かめるような声で言われて、ゼアルの顔から血の気が引いた。

 「す、少なくとも一月ぐらいは。また危なくなったら連絡するから、その怖い笑顔をやめてくれ、カミーユ」

 「そうだと嬉しいな。約束、したもんね?」

 「約束?」

 「ああ……。リィスには後で話すよ」
 
 しどろもどろに言うゼアルを見て、カミーユはゆっくりと目を細めて笑顔を作った。

 「まぁ、半分は冗談だけどね。でも、本当に危なくなったら言うんだよ?」

 「もちろんだ」

 「うん、即答。ゼアルはちゃんとしてくれるから大丈夫だね。
  じゃあ、またね」

 カミーユは私達に背を向けると、そのまま去って行ってしまった。
 ゼアルに軽く肩を叩かれて、見上げる。

 「なに?ゼアル?」

 「その、とりあえず中に入ろうか。たくさん、話したいことあるし……」

 「うんっ!」

 ゼアルに肩を抱かれながら歩く。嬉しくて嬉しくて、ずっと顔がニヤついてしまった。


 「さて、どこで話す?上?それとも……地下室?」

 「地下室がいい!」

 ここよりも地下室の方が、ゆっくり落ち着いて話ができる。
間髪入れずに答えると、ゼアルは微笑んだ。

 「わかった。じゃあ、行こうか」

 地下室に降りると、ゼアルは背中を壁に預けて座り、私を呼ぶ。

 「さ、おいで、リィス」

 「へ……?い、椅子に座らないの?」

 「この方が……ゆっくり話せると思ってさ。……嫌か?」

 「ううんっ!そっちの方がいい!」

 たまらず、ゼアルの腕に飛び込む。さっきからゼアルにくっついてばかりだ。
 私が落ち着いたのを確認すると、ゼアルは重々しく口を開いた。

 「リィス、本当にごめんな……。怖がらせてしまって……」

 「ゼアルは悪くないよ!私の方が謝らないといけないの。ゼアルの隣にいるって言ったのに、どんなゼアルでも好きって言ったのに、離れちゃって……」

 「リィス……」

 ゼアルが私の頭を優しく撫でる。確認がないのは珍しいと思ったけど、
それよりも嬉しくて、恥ずかしくて、話題を変えることにした。

 「そういえば、カミーユは"暴走"って言ってたけど、あれって何だったの?」

 「あれは……吸血鬼の本能みたいなものだ。衝動を抑えられなくなる。
意識はあったんだ。でも、それだけで、体と口は勝手に動いてた」

 「そう、だったんだ……」

 赤い目のギラつきや、ゼアルらしくない言葉遣いを思い出して身震いしてしまう。それに気づいたのか、ゼアルがソっと腰に手を回して引き寄せた。

 「ああ。そもそも俺は……初めてリィスを見た時からベタ惚れだったんだ。
だから、血液提供の日が来るのが、楽しみで仕方がなかった」

 「全然そんなふうに見えなかったんだけど?」

 思わず突っ込むと、ゼアルが照れたように顔を赤くして笑う。

 「そりゃあ、必死に顔に出さないようにしてたからな」

 「顔に出してくれたら、私も早く意識したのに……」

 「リィスの気持ちもわからないのに、表に出す勇気はなかった……」

 ゼアルは自分を落ち着かせるように一息つくと、話を続ける。

 「話、戻すな? 
  それで、付き合い始めて、ますます気持ちを抑えるのが難しくなって。
リィスの言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ赤になった……」

 「ごめんね……」

 「リィスが謝ることじゃない。俺が、ちゃんと制御できるようにならないといけないんだ」

 「私、もしまたゼアルが暴走しても逃げない!絶対一緒にいる!」

 「リィス……」

 ゼアルの顔を、目を見てハッキリと言う。もう、あんな身を引き裂かれるような思いはしたくない。

 「俺も、暴走してしまわないように努めるよ。
だから……これからも一緒にいてくれるか?」

 「もちろんっ!」

 笑顔で答えた私にゼアルは微笑むと、額にキスを落とした。
 ビックリして固まった私に、ゼアルはどこか意地悪そうな笑みを浮かべる。

 「そういうところ、好きだよ。リィス」

 お返しに、ゼアルの頬にキスした。さすがにビックリしたようで、ただ瞬きを繰り返している。 

 「私もだよ。ゼアル」
 
 「本当に変わってるよ、君は」

 ゼアルが再び抱きしめてくる。
 壁にかけられた時計の「ⅻ」を知らせる黄色い光が、淡く、それでもしっかりと輝いていた。