夜は静かだった。
田舎町の外れにある古い一軒家で佐藤真由美は一人、キッチンのテーブルに座っていた。
時計の針は11時を過ぎ、窓の外では風が木々を揺らし、かすかなざわめきを立てている。
彼女の手には、朝刊の切り抜きがあった。
見出しはこうだ。

「連続殺人犯、依然逃走中。3人目の被害者発見」

記事によると、犯人は夜間に単独で暮らす女性を狙い、ナイフで喉を切り裂く手口で知られていた。
警察は手がかりをつかめず、町は恐怖に包まれていた。
真由美は記事を何度も読み返し、胸の鼓動が速まるのを感じた。
彼女は28歳、独身、一人暮らし。
犯人の標的にぴったり当てはまる。

「大丈夫、ドアも窓も施錮した。誰も入れない」
真由美は自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がってコーヒーを淹れようとした。
その時、背後の廊下から音がした。

ギィ

床板が軋む音。
古い家だからよくあることだ。
でも、今夜はなぜかその音が異様に大きく、冷たく響いた。
彼女は振り返り、暗い廊下を覗き込んだ。
明かりは消えている。
電灯のスイッチは廊下の奥、寝室の近くにある。

「ただの風…よね?」
声に出して言うことで不安を紛らわそうとしたが、手は震えていた。
スマホを握り、懐中電灯アプリを起動して廊下を照らす。
光の円がゆらゆらと壁をなぞり、影が不気味に踊る。
何もない。
静寂だけが広がっていた。

真由美は深呼吸し、キッチンに戻ろうとした。
その瞬間、別の音が聞こえた。

トン…トン…

足音だ。
ゆっくり、確実に、誰かが歩く音。
2階からだ。
この家は2階建てだが、2階は物置としてしか使っていない。
階段は廊下の突き当たりにある。
真由美の心臓は喉元まで跳ね上がった。

「誰かいるの?」
声は震え、ほとんど囁きにしかならなかった。
返事はない。
代わりに、足音が再び響く。

トン…トン…トン…

今度ははっきり、階段を降りてくるようなリズムだ。
真由美はパニックに陥り、スマホを手に警察に電話をかけた。
「もしもし!助けて!家に誰かいるんです!住所は…」
彼女は必死で住所を告げたが、オペレーターの声は冷静だった。
「落ち着いてください。今から向かいます。安全な場所に隠れて、音を立てないでください」

真由美はキッチンの戸棚に身を潜めた。
狭い空間で体を丸め、息を殺して耳を澄ます。
足音は近づいていた。

トン…トン…

今、廊下のすぐそばだ。
彼女は目を閉じて祈った。
「見つかりませんように。早く警察が来て」

突然、足音が止まった。
静寂が重くのしかかる。
真由美は目を開け、戸棚の隙間から外を覗こうとした。その時、金属が擦れるような音がした。

キリキリ

ナイフが何かを削る音。
真由美の想像は最悪の方向へ突き進む。
あの連続殺人犯だ。
家に侵入し、彼女を狙っている。

スマホの画面を見ると、電池残量がわずか5%。
警察はまだ来ない。
汗が額を伝い、息は荒くなる。
すると、別の音が聞こえた。

カタカタ
戸棚の取っ手が揺れている。
誰かが、すぐそこにいる。
真由美は叫びそうになったが、手で口を押さえた。
涙が溢れ、震えが止まらない。

「見つけてあげるよ」

低い、嗄れた声が聞こえた。
男の声だ。
それは戸棚のすぐ外から聞こえた。
真由美の心は凍りついた。
どうやって入ってきた?
ドアも窓も閉めたはずだ。
頭の中で疑問が渦巻くが、答えはない。

ガタッ!

戸棚のドアが力強く引っ張られた。
真由美は体を硬くし、目を閉じた。
もう終わりだと思った瞬間、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
警察だ!希望が胸に灯る。
だがその瞬間、戸棚のドアが勢いよく開け放たれた。

「いた」

男の声が響き、暗闇の中で銀色の刃が光った。
真由美は叫んだが、声はサイレンにかき消された。

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翌朝、警察が家に到着した時、キッチンは血の海だった。
真由美の遺体は戸棚の中で発見され、喉を深く切り裂かれていた。
連続殺人犯の手口そのものだ。
しかし奇妙なことに、ドアや窓に侵入の痕跡は一切なかった。
家の中も荒らされておらず、足跡や指紋も見つからない。

刑事の一人、田中は現場を見回しながら呟いた。
「どうやって入ったんだ?まるで最初から家の中にいたみたいだ」

その夜、町の別の家で一人の女性が新聞の切り抜きを手に震えていた。
見出しはこうだ。
「連続殺人犯、4人目の被害者発見。依然手がかりなし」

2階から、かすかな音が聞こえてきた。
トン…トン…