カナエは夜勤のコンビニで働くようになってから、眠れなくなった。
店は街外れの国道沿いにあり、客はまばらだったが、深夜2時になると必ず「彼」が来る。
背の高い男で、顔はマスクで隠し、フードを深くかぶっていた。
男はいつも同じものを買っていく。
缶コーヒーと、赤い包みのキャンディー。
レジで彼は一言も話さず、ただじっとカナエを見つめた。
目だけが見えた。
白目が異様に大きく、瞳孔が小さすぎる。

ある夜、彼が商品を手に取らず、ただレジの前に立った。
「何か用ですか?」とカナエが尋ねると、彼はマスクをゆっくり下げた。
そこには口がなかった。
唇も歯も、ただ平らな皮膚が顔の下半分を覆っていた。
カナエは凍りついたが、彼はすぐにマスクを戻し、店を出た。
彼女は震えながら店長に報告したが、「気にしすぎだ」と笑われた。

翌夜、彼はまた来た。
今度はキャンディーだけを手に持っていた。
レジで袋に入れる瞬間、カナエは気づいた。
キャンディーの包みに、彼女の名前が書かれていた。
赤いインクで滲むように「カナエ、食べて」と小さく添えられていた。
彼女は悲鳴を上げ、キャンディーを床に投げた。
彼は静かに拾い上げ、カウンターに置いて去った。
その夜、店の監視カメラが映したのは彼が店を出た瞬間煙のように消える姿だった。

カナエは辞めようとしたが、店長は「代わりがいない」と引き止めた。
仕方なく出勤した次の夜、店内の電気がちらついた。
時計は2時を指していた。
彼が立っていた。
だが、今度はマスクがなかった。
口のない顔が、彼女をじっと見つめていた。
カナエが後ずさると、彼の顔の皮膚が裂け始めた。
ゆっくりと縦に赤い筋が広がり、口が開いた。
いや、それは口ではなかった。
そこには無数の小さな目が詰まっていた。
黒い瞳孔が一斉にカナエを凝視し、ざわざわと動いた。
「カナエ」と、低い声が響いた。
彼女の声だった。

カナエは逃げようとしたが、足が動かなかった。
体が勝手にレジに戻り、キャンディーを手に取った。
彼女の意志に反して手が包みを破り、口に運んだ。
甘い味の裏に、鉄のような臭いが広がった。
彼女が吐き出そうとした瞬間、目の前の男の顔がさらに裂け、目玉が飛び出した。
その一つがカナエの額に張り付き、彼女の視界を奪った。
世界が暗転し、彼女の口から自分の声ではない笑い声が漏れた。

朝、店長が店を開けると、カナエはレジに立っていた。笑顔で、完璧な笑顔で。
だが、彼女の口は異様に大きかった。
唇が耳まで裂け、歯が見えない。
店長が近づくと、彼女の口がさらに開いた。
中には、黒い瞳孔が無数に蠢いていた。
「おはよう」と彼女は言ったが、声は店長のものだった。

その日から、コンビニには新しいルールができた。
深夜2時に来る客には、決して話しかけてはいけない。
キャンディーを受け取ってはいけない。
そして、絶対にその顔を見てはいけない。
だが、誰もルールを守れなかった。
店員は次々と消え、監視カメラにはいつも同じ映像が残った。
口が開き、目が這う瞬間。
そして、誰もが笑顔でレジに立つ。

カナエは今もそこにいる。
笑顔で、じっとあなたを待っている。