翌朝、教室に足を踏み入れた瞬間――

 胸が、ドキンと跳ねた。

「……っ」

 イーライが、いつものように席に座っている。
 昨日と変わらない、優しい笑顔で。

 でも私は、目を逸らしてしまった。

 心理学の本を読みながら、自分がどれだけ現実から逃げてたか気づいた時の、あの嫌悪感。
 本の中の言葉が、頭の中でぐるぐる回る。

莉咲(りさ)、おはよう」

 振り返ると、イーライが穏やかに微笑んでいた。
 その優しさが、胸に刺さる。

「……おはよう」

 小さく返事をして、急いで自分の席に向かう。
 後ろから見つめられているのが分かるけど、振り返れない。

(また、ドキドキしてる……)

 こんな風に心が高鳴る自分の気持ちを、どうしていいかわからなかった。




 1時間目の数学の授業中も、イーライの存在を意識してしまう。

 彼が先生の質問に答える声。
 ノートを取る時の、真剣な横顔。
 ふとこちらを見た時の、心配そうな表情。

 全部が、胸を締め付ける。

(これも、投影?それとも……)

 でも、そう考えた瞬間、また自己嫌悪が湧いてくる。

 結局私は、現実と向き合えない。
 イーライという理想の相手に逃げて、都合の良い夢を見てるだけ。

 昨夜、一人で泣いた理由を思い出す。

(私って、本当にダメだ……)