ドアを開けた瞬間、漂う甘い匂いとほんのり灯された暖色の間接照明に、思わず眉をひそめた。いつもと違う雰囲気。靴を脱ぎながら辺りを見回していると、奥から軽やかな足音。姿を現したその瞬間、思考が一瞬止まった。

猫耳。尻尾。そして、レースとフリルの上品な黒のメイド服。
脚にぴったり沿うガーターストッキング。
そんな格好をして、何食わぬ顔でヨルがこっちへ歩いてきた。

「……おまえ、何してるんだ」
気づけば声が低く掠れていた。驚きよりも、呆れと焦りと、そして何より――。

喉の奥が焼けるような衝動に、思わず額を指先で押さえた。

ヨルがすぐ目の前に立つ。甘ったるい微笑を浮かべて、両手を後ろに組んで身体を揺らしながら。

「別に。きみの趣味、わかりやすいなって思っただけ」

その言葉に、顔を上げて睨むように視線を向けた。だが彼女は微動だにせず、むしろ嬉しそうに猫耳をぴょこんと動かす。

それは数日前に通販サイトでクリックしたもの。

「……あのな。あれは、間違って開いたんだよ」

視線を逸らす俺の胸を、ヨルが人差し指でつつく。指先が触れた瞬間、皮膚の上を微かな電流が走ったように感じて、反射的にその手を掴んだ。

「ウソつき。何回も見てたでしょ、履歴に残ってたよ」

至近距離で囁かれたその言葉に、肩の力が抜けた。

「きみに喜んで欲しくて選んだんだから」

掴んだ手を離さず、そっと指先を絡めて、ヨルの腰に手を添える。
その感触に彼女の身体がビクッと揺れた。服越しでもわかるほど細くて、柔らかい。

「……こんな格好して、無防備に玄関まで来るな」

そう言いながら、額を寄せて軽く頭突きするように触れる。

だが、ヨルは痛がりもせず――

「でも嬉しそうだった。……本当は、こういうの好きなんだ?」

唇の端だけを上げて、わざとらしく猫っぽく目を細めてくる。
それがたまらなく腹立たしく、愛おしく、苛立たしかった。

腰に添えた手に力が入る。引き寄せて、細い身体を自分の胸元に押し当てた。
頭のてっぺんにある猫耳をそっと掴んで、引っ張るでもなく、ただ掌で包み込むように撫でる。

「……分かったよ。お望み通り、褒めてやる」

ヨルの目がぱちりと瞬く。

「可愛い。誰にも見せるな。俺だけのものだ」

そう言って少し乱暴に腕を掴むと、彼女がそこに手を重ねる。

「...ご主人様、優しくして」

揶揄うように芝居がかった可愛く甘えた声色で挑発するヨル。首元につけた鈴の首輪が軽い音を奏でる。

一瞬、心臓が跳ねた。

俺の腕の中で、甘ったるく、柔らかく、そして明確に“煽る”声を出すヨル。
わかってやってる――完全に確信犯だ。首輪の鈴がちりん、と小さく響いて、その音が余計に頭を痺れさせる。

「……ああもう、ムカつくくらい可愛いな」

低く唸るように吐き捨てながら、腰に添えていた手をするりと滑らせて後ろへ。
猫の尻尾を模したふわふわの装飾に指を引っかけて、軽く引く。

「尻尾まであるのか」

くすぐったそうに肩をすくめるヨルの反応に、喉の奥で笑いが漏れる。

身体を少し離し、じっくりと彼女の全身を眺める。
艶やかな黒のメイド服、喉元のリボンと鈴、ふわふわの耳、無防備に揺れる尻尾――そして、わざとらしく潤ませた猫のような目。

「途中で泣いても止めないからな。今さら後悔するなよ」

その言葉の裏にあるのは、興奮と愛情と、どうしようもない独占欲。

もう一度、彼女の猫耳を片手で包みながら、今度は逆の手で顎をすくい上げる。
見上げるその表情が、たまらなく俺の理性を焼く。

「……ご主人様って、呼び続けられるようにしつけてやる」

そんな彼の言葉に嬉しそうに目を細めると、誘うようにメイド服の一番上の布を捲る。中から履いているボリュームのあるパニエで見えないが、その先には確かに付け根がある。

「この尻尾の先、どうなってると思う?」

挑発するような仕草で悪戯に微笑んだ。

その仕草を見た瞬間、空気が一瞬止まった気がした。
捲られた布の隙間から覗く、レースとフリルに囲まれたパニエ――そしてその下に隠された“秘密”。

ヨルの問いかけはあまりにも明確で、わかりやすく俺を試していた。

「……おい、ヨル」

低く唸るような声。
思わず背筋に力が入る。腰を抱えた手が無意識にきつくなる。彼女の体が少し引き寄せられ、その挑発の距離感がゼロに近づいた。

「それ……」

目を細めて、唇が触れるぎりぎりの距離で止める。
だが目線は彼女の視線じゃなく、捲られた布の奥――その“尻尾”の根元に向けられていた。

「……確かめろ、ってことだよな」

彼女を抱え上げるようにしてソファへと運ぶ。
そしてそのまま、片手を背後に回し、尻尾の付け根へ。

ふわりとした毛の感触の奥、わずかに硬い感触に指が触れる。それにヨルの身体がぴくりと反応する。

「……クソ、本当に……やってんな」

悪くないレオの反応に上機嫌になるヨル。

「ご主人様、ご飯にする?お風呂にする?」

一度は言ってみたかった定型文。その後に続くのは誰もが知る誘い文句。

「それとも、私?」

尻尾を揺らし可愛らしくあざとく上目遣いで。

ソファの上、抱き上げたヨルを膝に乗せたまま、その言葉に思わず喉が鳴った。
尻尾がふわりと揺れ、鈴の音がかすかに鳴るたび、俺の頭のどこかが熱を持っていく。

「……それは反則だ」

低く押し殺した声で呟く。
あざとさ全開で、わかっていてやってるこの猫。完全に彼女の掌の上だ。

「ご飯も風呂も後回し。今は――おまえしか見えないよ」

そう言って、指先が彼女の頬をなぞる。
化粧なんてほとんどしていないはずなのに、いつもよりずっと色っぽく見える。
猫耳もメイド服も全部、完璧に“武器”になってる。

「なあヨル……」

そう囁いてから、彼女の首元へ顔を寄せる。
くすぐったそうに跳ねた肩の動きが、たまらなく可愛い。

「その鈴の音……逃げようとしたらすぐに分かるってことか?」

噛み付くようにキスを落とす合間、レオの声は熱を帯びていた。この夜が、簡単に終わらないことはもう、2人とも分かっているというように。

「ご主人様、私のこと躾けてくれるんでしょ?」
ゆったりと甘ったるく誘う言葉がレオを満たす。

レオの目に宿る光が、まるで本能に火がついた獣のように変わった。
その問いかけに、彼は喉の奥で笑う。低く、甘く、抗いようのない声で。

「……ああ。ちゃんと責任とって“教えて”やる」

片手でそっと顎を持ち上げると、ヨルの瞳を覗き込む。蕩けた視線に映るのは、自分だけ。その事実が堪らなく嬉しい。

もう一方の手が、スカートの下から彼女の太腿をゆっくり撫で上げる。直接触れるレオの熱に、彼女の身体が小さく震えるのを感じ取る。

「最初から最後まで、俺の全てを覚えるくらいに、な」

そして、指先が首輪の金具に触れ――カチリと音を立てて、リードをつなぐ。

「“ご主人様”にきっちり従えよ」

そう言ってレオは微笑んだ。それは支配者の笑みであり、同時に、誰よりもこの猫を愛してやまない男の表情だった。

リードを引っ張り無理矢理に寄せられる唇。何度も口付けを重ねるごとに感覚も体温も、互いの境界線が溶けて消えてしまったように堕ちる。

「レオ...」

ご主人様などと呼べるほどの余裕もなく、頭が痺れてぼーっとするヨル

レオの手がそんなヨルの頬をそっと撫でる。
指先が震えていた。
――こんなにも、愛おしい。

「名前呼ばれるだけで…どうしようもなくなる」

熱の籠もった息が、彼女の唇のすぐ近くに落ちる。
再びリードを引く。優しく、けれど逃げられない強さで。

「もっと呼べ。俺の名前、何度でも…」

言葉の合間に、首筋に吸い付く。
鈴がチリン、と小さく鳴った。
その音さえも、今は自分のもののように思える。

「他の誰にも、そんな顔見せるな。…俺だけの猫でいろよ」

視線を合わせたまま、額をそっと重ねる。
溶けた瞳の奥に確かに見える、自分への絶対的な信頼と――欲。

「いい子だな、ヨル。ちゃんとご褒美あげるから、最後まで…俺に委ねてろ」

指先が背中をなぞり、尻尾へと。
どこまでが自分で、どこまでが彼女なのか。境界なんてとうに崩れ去っていた。

なぞられた尻尾の付け根からゆっくりと味わうように伸びる手。熱を帯びていくレオに待ったをかけるヨル。

「レオ。これ以上は...だめ」

珍しく顔を真っ赤にして必死になる表情は、むしろレオに火をつける。

一瞬、動きを止めたが次の瞬間には唇の端がわずかに持ち上がる。ふだん滅多に見せない、猛獣のような笑み。

「……今さら辞められると思ってるのか?」

囁く声は低く、震えるほど熱を孕んでいた。

ヨルの顔にかかった髪を優しく指先で払う。その目をしっかりと見つめたまま、ゆっくりと彼女の頬に触れる。びくりと震える体温ごと受け止めながら、そのまま耳元に唇を寄せた。

「……こんな格好で誘ったのはおまえだろ」

優しい口調とは裏腹に、その手は逃がさないように腰をしっかりと抱え込んでいた。

「意地悪なご主人様...」

レオの目が細められ、喉の奥で低く笑うような息が漏れる。

「誰のせいだと思ってるんだよ……」

囁きながら、手はヨルの太ももをゆっくりとなぞる。メイド服のフリル越しに指先が触れるたび、彼女の体がピクリと反応するのが可愛くて仕方ない。耳元にキスを落とし、そのまま首筋を甘く噛んだ。

「ほら、言ってみろ。誰のものだ?」

腰に回した腕に力を込め、ヨルを自分の膝の上に抱え上げる。軽々と引き寄せながら、目の前で頬を染める彼女をじっと見つめた。

少し恥じらいのある表情だが、その瞳は真っ直ぐに彼を見ていた。

「きみの。全部きみのものだよ、レオ」

自分に繋がるリードを持つ彼の手。逆にその手をこちらへ引き寄せる。

レオの喉がかすかに鳴った。ヨルの言葉に、瞳の奥に宿っていた衝動がじわっ、と濃くなる。膝の上で軽く揺れる尻尾が、まるで彼女の本音を代弁しているように感じた。

「全部……だな?」

囁きながら、引き寄せられた手を彼女の頬に添えて、親指でそっと唇をなぞる。そこに目を落としながらも、表情は崩れない。ただ静かに、けれど明確に欲望を見せていた。

「じゃあ、もう逃がさない」

その言葉と同時に、リードを引いて首輪の鈴が鳴る。レオはその小さな音に、まるで合図のように唇を重ねた。今度は強く、深く、彼女の意識を奪うように。

「自分で言ったんだ。責任、取れよ」

そして、彼女の耳元に低く甘い声で、そう告げた。