現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

半年後。

東京の郊外にある小さなマンション。

飛鳥と遥真は、いま同じ部屋に暮らしていた。

朝の光がレースのカーテンを通して差し込み、部屋の隅々まであたたかく照らしている。

リビングには、観葉植物と脚本の山と、ふたり分のマグカップ。

ソファの上には、昨夜ふたりで選んだクッション。

どれもが、“ふたりの暮らし”を語っていた。

飛鳥は、ダイニングテーブルに広げたノートパソコンの前で、脚本の続きを打ち込んでいた。

リズム良く響くキーボードの音に、生活の気配が溶け込んでいる。

ふと、手が止まる。

「ねえ、恋人がサプライズで料理してくるって、ありだと思う?」

そう言って、後ろを振り向いた飛鳥が見たのは——

キッチンでエプロン姿の遥真が、フライパンをかき混ぜている姿だった。

「それって……僕の話?」

遥真が、少し得意げに微笑む。

エプロンには可愛らしい猫のイラスト。似合っていることが、なんとなく悔しい。

「だって、今日は大事な初回打ち合わせでしょ? せめて、食事くらいは俺がサポートしないと」

「それって、プロデューサー的発言……?」

「専属シェフ兼、応援団です」

ふたりで笑い合う。台本には書かれていない、自然な笑いだった。

「それに……恋人に何かしてあげたいって思うのって、台本関係ないですよね?」

遥真の言葉に、飛鳥は照れくさそうに肩をすくめた。

「そういうの、ちゃんと言える人、ほんとずるい」

「……ちゃんと想った相手には、ちゃんと伝えたいって思うから。飛鳥さんがそういう相手だっただけだよ」

ふたりの間に流れるのは、恋愛ドラマのような劇的な展開ではない。

でも、確かに“物語”があった。

毎日の積み重ねが、ふたりだけのエピソードを育てていく。

“恋の台本”は、もう誰のためでもない。

視聴率のためでも、批評家のためでもない。

ふたりで、笑って、泣いて、恋して、書き直していく未来へ——

飛鳥は再びキーボードに向かい、ふと目を上げて言った。

「ねえ、今夜、先に最終稿読んでもらってもいい?」

「もちろん。読みます。誰よりも先に、読ませてください」

それが、いまの彼の“役目”だった。

いや、“役目”なんかじゃない。

一緒に生きていく人として、当然のこと。

湯気の立つキッチンからは、オムライスのいい香りがしていた。

ふたりの時間は、今日も穏やかに進んでいた。

やがてテーブルに並べられた手作りの食事。

卵の上にはケチャップで描かれた、ぎこちないハートマーク。

「ちょっと曲がってない?」

「それも味です」

ふたりで顔を見合わせて笑った。

それが、日々のなかで積み上がっていく“幸せ”だった。

「ねえ、今度の休み、久しぶりに遠出でもしない?」

食後の紅茶を飲みながら、飛鳥がふと尋ねた。

「いいね。どこ行きたい?」

「海とか。前に、行ってみたいって言ってた場所」

「じゃあ、調べておく。ちゃんと、旅の台本も作っとくよ」

「それ、また本気で作りそうで怖い……」

そんな会話も、どこまでも心地よかった。

誰かのためじゃない。

ふたりのために、ふたりの手で描いていく毎日。

それがいちばんの、物語だった。