現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

クランクアップのパーティーも、終盤に差し掛かっていた。

祝福の余韻が会場を包み、シャンパンの泡がグラスの中で静かに弾けていた。

司会進行のプロデューサーが、ふとマイクを手に取る。

「では最後に……この物語をゼロから紡いでくださった脚本家の美園飛鳥さんに、ひと言いただければと思います」

拍手が広がる。

思いがけない指名に、飛鳥は一瞬驚いたものの、すぐに小さくうなずいた。

ステージの簡素な台の前に立つと、マイク越しに照明があたる。

その光に包まれながら、飛鳥は静かに口を開いた。

「……本日は、本当にありがとうございました」

少し間をおいて、彼女は言葉を選びながら続けた。

「この作品は、最初から“恋愛ドラマ”として始まりました。でも……脚本を書くことと、恋をすることは、思っていた以上に似ていました」

会場からくすりと笑いがこぼれる。

「伝えることに戸惑って、逃げ出したくなることもありました。でも、どんなに悩んでも……結末は、自分で決めなければならない」

その言葉に、誰かが小さく頷いた。

「脚本の最終回は、ハッピーエンドです。だけど……人生の物語は、ここからが本番です」

そう言って、飛鳥はゆっくりと顔を上げ、会場の中央付近にいるひとりの人物へと視線を向ける。

遥真。

彼は立ったまま、じっと飛鳥を見つめていた。

その瞳に映る光が、飛鳥の胸をあたためた。

「……この物語を通して、私は初めて“脚本家じゃなく、ひとりの女”として恋を語れるようになりました」

その瞬間、拍手が静かに広がった。

祝福というよりも、共感。

心を打つ言葉は、飾らなくても伝わる。

飛鳥は続けた。

「この作品で、私は“感情を書く”ことの意味を学びました。そして、“恋を描く”ということは、“自分の弱さと向き合う”ということでした」

静まり返った会場の中、誰もがその言葉に耳を傾けていた。

「逃げたくなった日もありました。書けない夜も、苦しくて筆を止めた朝も。でも、誰かと心を通わせた瞬間——そこにだけ、嘘のない台詞が生まれると知りました」

彼女の声は震えていなかった。

真っ直ぐで、温かかった。

「この現場で、私は恋をして、泣いて、笑って、人生そのものを知ることができました。書くことが、生きることと重なるなんて……この作品に出会うまで、思ってもみなかった」

拍手が次第に大きくなり、自然と温かな波となって会場を包み込んだ。

飛鳥は最後に一礼し、マイクを静かに置いた。

その背中には、もう迷いがなかった。

物語の主人公は、いつだって自分で書き直せる。

そう信じられるようになったから。

そして、いま彼女の物語は、新しい章へと向かっていた。

遥真の拍手の音が、誰よりもやさしく響いていた。

それは、彼女の旅路を知っている人間だけが持つ、深い理解と祝福だった。