現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

クランクアップパーティーは、都内の小さなホテルのバンケットルームで行われた。

白いクロスがかけられたテーブルには、華やかな料理とシャンパン。スタッフたちの笑顔と笑い声が飛び交い、現場で見せたことのないリラックスした表情がそこにあった。

飛鳥も、ワンピースに身を包み、片手にグラスを持ちながら、穏やかに談笑していた。

プロデューサーや監督、衣装スタッフからねぎらいの言葉をかけられ、そのたびに飛鳥は素直に「ありがとうございます」と微笑んだ。

胸の奥にあるのは、誇らしさ。そして、やっと手に入れた静けさ。

そんな中、ふと空気が変わったのを感じる。

視線を向けると、会場の奥に鷹野の姿があった。

黒のスーツに身を包み、どこかいつもより控えめな佇まい。

人混みをすり抜けて、鷹野は飛鳥の前に静かに立った。

「……今日は、おめでとう」

「ありがとうございます」

短い言葉のあと、二人の間に再び沈黙が生まれる。

やがて、鷹野が低く言った。

「……あの頃の君に戻ってほしいと思うときが、今でもある」

その声は、驚くほど穏やかだった。

飛鳥は、鷹野の目をしっかりと見つめた。

そこにあったのは、かつて自分を縛った冷たい支配ではなく、未練という名の余熱だった。

それが一層、切なさを引き立てていた。

飛鳥は、ゆっくりと微笑んだ。

「……私は、自然と一緒に前を向ける人を選びます」

その言葉は柔らかかったが、揺らぎはなかった。

そう言って視線を逸らした先——そこには遥真がいた。

彼は会釈しながら近づいてきて、ためらいもなく飛鳥に手を差し出した。

飛鳥は、その手を見つめる。

一瞬、過去の影が脳裏をよぎった。

けれど、今の自分はもう、それに揺さぶられない。

(もう、誰かに強制される恋はしない)

これは、“私が自分で選んだ恋”。

その第一歩を、今ここで踏み出すとき。

飛鳥はゆっくりとその手を取った。

遥真の手は、温かかった。

まるで、未来へと導いてくれる灯のように。

「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

拍手や歓談のざわめきのなかで、ふたりの間には静かな絆が生まれていた。

そしてその絆こそが、彼女が“脚本家”としてではなく、“ひとりの人間”として選び取った結末だった。

会場の隅に飾られた、撮影中の写真たちが、ひとつひとつ思い出を語りかけてくるようだった。

飛鳥はその前で立ち止まり、一枚の写真に目を留めた。

笑顔で並んで座る、自分と遥真。

作り物ではない感情。

演技を越えて、心が重なった証。

それを見つめながら、飛鳥は改めて思った。

(この恋は、私の人生を変えた)

そして——これからも、書き続けたいと思えた。