現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

最終話のラストカット。

カメラの赤いランプが消えた瞬間、スタジオ内に一瞬の静寂が落ちる。

そして、次の瞬間——

「オールアップです!」

助監督の声が響いたとたん、スタジオ全体が拍手に包まれた。

照明の光が和らぎ、スタッフたちが次々に声をあげて祝福する。

「お疲れさまでしたー!」
「感動した……」
「本当に素晴らしい現場だった!」

その熱気のなかで、遥真がカメラの横に立ち、両手で顔を覆っていた。

やがて、彼は震えるように深呼吸し、言葉を探すようにゆっくりと顔を上げる。

「……このドラマのおかげで、僕は“感情”を知ることができました」

声が少し掠れていた。

目元にはうっすらと涙の跡。

「演じるって、こんなに苦しくて、でもこんなに幸せなことなんだって……教えてもらいました」

その言葉に、誰からともなく再び拍手が沸き上がった。

照明の下、役を脱いだ遥真が、素の心で語ったその言葉。

それは演者の声であると同時に、恋に触れた一人の青年の告白でもあった。

飛鳥はその輪の外側に立ち、拍手に紛れるように、そっと小さくうなずいた。

誰にも聞こえない声で、心の中でつぶやく。

(あなたが届けてくれた言葉が、私の脚本を完成させてくれた)

あの日、不器用なまま始まった恋。

ぎこちなくて、ぶつかってばかりで、でも、だからこそ美しかった。

遥真と出会い、飛鳥自身も“感情”を知ったのだ。

書くことの苦しみも、伝えることの怖さも、その先にある一言の尊さも。

彼と出会って初めて、そのすべてに正面から向き合えた。

スタッフの中には涙ぐむ者もいた。

あかねは少し離れたところで、静かに拍手を送りながら飛鳥と目を合わせ、小さくうなずいた。

そのうなずきに、もはや戦いの名残はなく、同じ時代を走った者同士の敬意があった。

プロデューサーや監督も一言ずつ感謝を述べ、握手を交わし合いながら、ひとつの作品の終わりを実感していた。

「また一緒にやろうね」
「次の脚本も期待してるよ、飛鳥さん」

そんな声が、自然と飛鳥のもとにも集まりはじめていた。

彼女が脚本家としてだけでなく、人として信頼されている証だった。

ふたりの物語は幕を閉じた。

でも、それは終わりではない。

新しい季節の始まり。

恋は、いつだって、不器用で眩しい。

その不器用さが、人を強くし、やさしくする。

そして、物語を紡いでいくのだ。

照明がゆっくりと落ちていく中、飛鳥は静かに脚本を胸に抱いた。

最終稿の最後の余白に、もう一行だけ書き足すとしたら——

“ありがとう、あなたと出会えてよかった”

その言葉だけで、物語はきっと完結するのだと思った。

けれど同時に、その言葉から、また新たなページが始まっていくことも知っていた。