現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

翌日。

空はどこまでも高く、雲ひとつない朝だった。

飛鳥は、指定されたカフェのテラス席に座っていた。

気温はほどよく、風は優しかったのに、胸の奥には小さな嵐が吹いていた。

「……来てくれて、ありがとうございます」

そう言って姿を見せたのは、遥真だった。

昨日の会議とは違って、顔色は落ち着いて見えた。

けれど、その瞳の奥には、覚悟のようなものが宿っていた。

二人は向かい合って座り、しばらく無言が続いた。

やがて、遥真が言った。

「昨日のこと、あれでよかったとは思っていません。でも……あれが、僕の正直な気持ちです」

飛鳥はうなずきもせず、ただ黙って聞いていた。

「役がなくなっても、いいと思っています」

その言葉に、飛鳥のまつ毛がふるえた。

「でも、あなたの隣だけは……他の誰かじゃ嫌なんです」

喉が、ぎゅっと詰まる。

「だから、スキャンダルからあなたを遠ざけられるなら、役を降ります」

まっすぐな瞳。

まっすぐな声。

何も隠していないその言葉は、鋭い矢のように飛鳥の心に届いた。

もう、逃げられなかった。

これまで「信じるのが怖い」と自分に言い訳してきた。

けれど、彼は信じてほしいなんて一言も言わない。

ただ「選んでほしい」と、すべてを差し出すように言っただけ。

だからこそ、飛鳥の中で、何かが音を立てて崩れた。

「……やめてよ」

「え?」

「そんなふうに、“私のため”みたいに言わないで……っ」

震えながらも、飛鳥は言った。

「誰のせいでもないって、そうやって全部背負うような言い方しないで……!」

遥真は目を見開いた。

飛鳥の瞳には、涙がにじんでいた。

「あなたがいなくなるなんて、嫌。隣にいてほしい。演じるあなたを、書きたい……!」

言葉がこぼれ落ちるたび、胸の奥の凍っていたものが溶けていった。

「だから……だから、お願い。降りないで」

沈黙が落ちた。

風が吹いて、木々の葉が揺れた。

そして次の瞬間、遥真の顔に、ゆっくりと微笑みが灯った。

「……はい。わかりました」

その微笑みに、飛鳥はようやく——

“信じたい”ではなく、“信じる”と、覚悟を決めた。

彼を守りたいと思った自分。

彼の言葉を信じたいと思った自分。

全部を、嘘にしないために。

カフェのテーブルに置かれたグラスの水が、朝の光を反射してきらめいていた。

その透明な輝きに、飛鳥は心の奥で静かに誓った。

「この人と、未来を描きたい」

それは恋というより、希望だった。

確かに揺らがない、自分の意志だった。