現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

プリンを一口食べ終えたあと、遥真はふっと力を抜くように横になった。

「……すみません、もう少しだけ、休ませてください」

「うん、眠ってて。無理しないで」

飛鳥は毛布をそっとかけ直し、部屋の空気が冷えないように加湿器のスイッチを入れる。

湯気と静けさのなかで、眠る彼の顔を見つめた。

睫毛が長い。

額に汗がにじんでいて、呼吸が少し荒い。

飛鳥はタオルを取りに立ち、そっと額を拭いた。

何も言わない。

でも、思いがこぼれそうだった。

——こんなふうに、誰かのそばにいるのは、いつ以来だっただろう。

時計の針が静かに進んでいた。

そのとき。

「……飛鳥さん……」

かすれた声が布団の奥から聞こえた。

飛鳥が顔を覗きこむと、遥真は目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返していた。

「……飛鳥さんが……誰かのものになるの、嫌だ……」

鼓動が跳ねた。

息が詰まりそうになる。

「……っ」

たった一言。

熱に浮かされたうわごと。

でも、そこに嘘はなかった。

名指しされた“飛鳥さん”という響きが、心を強く揺さぶった。

嬉しい、なんて軽いものじゃない。

けれど、受け止めるには、まだ苦しさが勝っていた。

その言葉の重さが、胸の奥でじわじわと響き続ける。

こんなにも大切に想われているのに、素直に抱きしめ返せない自分がもどかしかった。

(どうして、こんなにも怖いの……?)

優しさも、真っ直ぐな想いも、今の自分には眩しすぎて——けれど、どこまでも温かかった。

しばらくして遥真は再び静かに眠りに落ち、時間だけがゆっくり流れた。

夜が明ける少し前。

遥真が目を覚ました。

「……あれ、俺……寝てました?」

「うん。高熱だった。少し下がってきたけど、まだ無理しないで」

飛鳥は何も言わず、用意していたスープを差し出した。

遥真はぼんやりした目で受け取り、何事もなかったように食べ始める。

そう、“何もなかった”……。

飛鳥も、何も言わなかった。

けれど心の奥では、どうしようもなく言葉が響いていた。

“飛鳥さんが、誰かのものになるの、嫌だ”

ただ名前を呼ばれただけで、こんなに動揺する自分がいたなんて。

熱のせい。

そう思おうとした。

でも、胸が、苦しいくらいに締めつけられていた。

無意識の一言ほど、真実を暴くものはない。

そして、その言葉を聞いた自分の心が、それに強く反応したという事実が、何よりの答えだった。

“私も……あなたのものになりたいと、思ってしまった”

その想いを飲み込みながら、飛鳥は黙って、静かにその背を見守っていた。