現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

「……スケジュールが詰まりすぎて、倒れたらしい」

飛鳥がその知らせを聞いたのは、ちょうど脚本の修正稿を提出した翌朝だった。

制作スタッフからの淡々とした連絡。それだけで、胸の奥がぐっと締めつけられた。

気づけば、飛鳥はコンビニで買い物を済ませ、遥真の自宅へと向かっていた。

「……何してるんだろう、私」

そう自嘲気味に呟きながらも、歩く足は止まらなかった。

自分の気持ちを何も言っていないままだ。

でも、せめて今は、そばにいたい——そう思った。

インターホンを押すと、数秒後にかすれた声が返ってきた。

「……飛鳥さん?」

「来たよ。ちょっとだけ、お邪魔させて」

熱に浮かされたような顔でドアを開けた遥真は、少し驚いていた。

「……すみません。僕、部屋、散らかってて……」

「大丈夫。そういうの気にするなら、倒れる前にちゃんと休んでよ」

飛鳥は玄関をくぐると、迷いなくキッチンに向かい、買ってきたプリンを冷蔵庫にしまった。

「……プリン?」

遥真が不思議そうな顔をする。

「なんでこれが食べたかったの、分かったんですか?」

飛鳥は、くすっと笑った。

「デートレッスンの時に言っていたでしょ?アクション俳優のイメージを崩さないように、プロフィールの好きな食べ物はブロッコリーとささみにしているけど、本当の大好物はプリンだって」

遥真はしばらく黙ったあと、小さく目を伏せた。

「……覚えててくれたんですね」

「うん。ちゃんと、覚えてるよ」

静かな空気のなかで、二人のあいだに流れる温度だけが、確かにあたたかかった。

飛鳥は布団の端を整え、水を差し出し、そっと座り込む。

「しんどいときくらい、甘えてよ。いつもあなたが支えてくれてたんだから」

遥真は、その言葉に何も返さなかった。

けれど、その目は、どこかほっとしたように細められていた。

飛鳥は、おでこに貼られた冷却シートを見つめながら、小さな声で呟いた。

「私ね、次回の脚本は、やっと本音で書けたと思ったの」

遥真は目を閉じたまま、微かに眉を動かした。

「……読ませていただきました」

「そう……だったんだ」

「……あれ、飛鳥さんの気持ちですよね?」

しばらく沈黙が続いた。

飛鳥は何も言わず、ただ小さく頷いた。

それだけで、十分だった。

その頷きが、全ての“答え”になっていた。

ふたりのあいだに流れる時間は、言葉よりもずっとやさしく、深く、確かに繋がりはじめていた。

飛鳥は枕元のプリンを手に取り、スプーンを添えて差し出す。

「ちゃんと食べて、回復して。また一緒に現場で、いい作品をつくろう」

遥真はそれを受け取りながら、ふっと微笑んだ。

「はい、飛鳥さんの書いたセリフなら……全力で演じたいです」

部屋の中に漂う甘い香りと、二人のあいだに芽生えた静かな絆が、確かに未来へと続いていくように思えた。