現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

あかねの言葉、記者の動き、そして鷹野の影。

それらすべてが現場を不穏な空気に染める中で、飛鳥は少しずつ、遥真との距離を取るようになっていた。

話しかけられても、笑顔で返すだけ。

必要最低限の台本確認。仕事としてのやりとり。

それ以上、踏み込まない。

踏み込ませない。

——自分が関われば、彼を巻き込んでしまう。

そんな思いが、心の奥で静かに蓄積されていった。

自分だけが一歩引けば、それで済む。

そう信じたかった。

しかし、ある日の撮影後。

飛鳥が一人で控室に戻った直後、ドアが勢いよく開かれた。

そこに立っていたのは、息を切らした遥真だった。

「……飛鳥さん、どうして逃げるんですか?」

その問いは、あまりにもまっすぐだった。

飛鳥は一歩、後ずさった。

「私は……逃げてなんか……」

言いかけた言葉が、喉の奥でつかえる。

遥真は、静かに歩み寄ってくる。

「前に言ってましたよね。苦い恋をしたって……あれ、鷹野さんのことですか?」

その名を出された瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

蓋をしていた痛みに、まっすぐ触れられてしまった。

思考が一瞬、止まった。

空気が詰まり、喉が焼けるように苦しい。

答えなきゃと思うのに、言葉が出てこない。

「……ごめん」

それだけをかろうじて絞り出して、飛鳥は控室を出ようとした。

けれど、その腕を、遥真が後ろから掴んだ。

そして——強く、抱きしめた。

「……嫌です」

彼の声は、震えていた。

「すみません、待つって言ったのに……。でも、飛鳥さんが、何も言わずに離れていくの、見たくないです。何から、逃げたっていい。でも、僕からは逃げないでください」

背中からのぬくもりに、体の奥がほどけていく。

ダメだと思っていたのに、その腕の中に、安心してしまいそうな自分がいた。

「……私、あなたを守りたかっただけなの」

「じゃあ、僕にも守らせてください」

その言葉に、もう涙をこらえることができなかった。

誰かが追いかけてくれるということが、こんなにも救いになるなんて。

どんなに強くあろうとしても、一人では抱えきれないものがある。

それを、黙って受け止めてくれる人がいるというだけで、心はこんなにも救われるのだと——

飛鳥は、彼の腕の中でそっと目を閉じた。

この場所が、自分にとってどれほど欲しかった場所だったのかを、ようやく理解しながら。