現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

数日後の撮影は、都内近郊の遊園地で行われた。

物語の中盤、主人公とヒロインが関係を少しずつ深めていくというシーン。

観覧車、メリーゴーランド、わたあめの屋台……どこかノスタルジックなロケーションに、飛鳥は自然と胸が高鳴っていた。

リハーサル中の空き時間。

飛鳥はベンチに座りながら、遥真と台本の最終確認をしていた。

「ここのセリフ、ちょっとストレートすぎるかな……でも、このタイミングで気持ちを伝えるっていうのも、大事で……」

「僕はいいと思いますよ。むしろ、このぐらい素直な方が、ちゃんと届く気がします」

遥真は、そう言って台本のページをめくった。

彼の横顔を見ながら、飛鳥はふと、あの日のことを思い出していた。

リップを塗ってくれた夜。抱きしめられた夜。そして、あの「愛してる」という告白。

あれから、何も進んでいないけれど——何も戻っていなかった。

そんなときだった。

「ねえねえ!」

元気な子どもの声が、突然ふたりに飛び込んできた。

振り向くと、小さな女の子がふたり、風船を手にこちらを見上げていた。

「お姉さんとお兄さんって、恋人なの?」

唐突すぎる質問に、飛鳥は思わず目を見開いた。

「え……えと、ちがっ……」

言いかけたところで、横から聞こえたのは、遥真の落ち着いた声だった。

「うーん……どう思う?」

そう言って、にこやかに子どもたちを見つめる。

そのあと、ちらりと飛鳥の顔を見た。

その視線が、からかいでも冗談でもない、まっすぐな気持ちを孕んでいて——飛鳥は、言葉を失った。

「彼氏さん、かっこいいー!」

女の子が目を輝かせて言うと、遥真は満面の笑顔で「ありがとう」と答えた。

「お姉さんもきれいだよ!お似合いだよ!」

小さな拍手をしてはしゃぐ子どもたちの姿を見ながら、飛鳥の中に、あることが静かに芽生えた。

(……私、否定しなかった)

「違うんです」
「ただの仕事仲間です」

いくらでも言えるはずだった言葉が、喉まで出かかって、出なかった。

出せなかった。

(……どうして?)

わからない。

でも、彼の隣にいて、子どもたちの無邪気な笑顔に囲まれて——その時間が、ほんの少しだけ、あたたかかった。

どこか遠い記憶のなかで、「こういう光景に自分は縁がない」と決めつけていた。

誰かに“似合い”と言われることが、こんなにくすぐったくて、嬉しいなんて思ってもみなかった。

「……お似合いだよ!」

その言葉が、耳の奥に残っていた。

胸の奥に、静かに滲み込んでいくように。

(……本当に、そうだったらどうしよう)

その思いは、まだ願いにも言葉にもなっていない。

けれど、彼と肩を並べて過ごしたこの日が、心の中で少しずつ特別になっていくのを、飛鳥は止められなかった。

その日の帰り道、観覧車のシルエットが夕焼けに浮かぶ中、飛鳥はふと歩きながら呟いた。

「……お似合い、か」

言葉にしてみると、意外なほど、嫌じゃなかった。

心のどこかが、ほんの少しだけ、ふわりとほどけた気がした。