「災害のときに連絡が取れなかったら困るから、さ。念のためにさ、入れておかない?」
そう言って鷹野が差し出したのは、位置情報共有アプリのインストール画面だった。
そのとき、飛鳥はほんの少しだけ迷った。
けれど、“心配性な彼氏”を安心させてあげたいという気持ちが勝って、画面をタップした。
「ありがとう。これで、もしものときも安心だね」
そう言って鷹野は、嬉しそうに笑った。
最初は、それだけだった。
通知もなく、気配もなかった。
けれど数日後から、そのアプリは、静かに、確実に、飛鳥の自由を奪い始めた。
「さっき、〇〇駅にいたでしょ?誰かと待ち合わせ?」
「ゼミの人たちとご飯に……」
「ふーん、でも、待ち合わせの時間より早く着いてたよね?」
「たまたま、電車が早く着いて……」
「その前にカフェに寄ってたでしょ?店の位置、ログに残ってた」
そのとき、飛鳥の背中に冷たいものが走った。
確かに、自分の足跡はアプリの記録として残っていた。
けれど、それは“守るため”のはずじゃなかったのか。
「こうやって見てれば、万が一のときもすぐ駆けつけられるでしょ?」
鷹野は笑顔のままそう言った。
だが、その笑みの奥にあるものを、もう飛鳥は見抜けていた。
それは、安堵ではなく、支配。
心配ではなく、管理。
アプリの通知設定をオフにすることも、位置情報を一時的に切ることも、飛鳥は怖くてできなかった。
なぜなら、鷹野は毎日、ログを“確認”していたからだ。
「今日は移動多かったね。何してたの?」
「ルートがいつもと違うけど、何かあった?」
細かく、丁寧に、だが確実に、彼は“見ていた”。
飛鳥の生活は、地図アプリの中で管理されるようになっていった。
道を歩きながらも、頭のどこかで「今、見られてるかもしれない」と意識してしまう。
そのうちに、移動そのものが億劫になってきた。
遠回りを避け、寄り道をやめ、人との接触を避ける。
知らず知らずのうちに、彼女は“監視に最適化された日常”を送るようになっていた。
そしてそのことを——誰にも言えずにいた。
ある日、帰宅途中の電車でふとスマホを見ると、鷹野からの通知が3件入っていた。
『今どこ?』
『GPS動いてないけど、何かあった?』
『まさか、切ってるわけじゃないよね?』
心臓が跳ねた。
一瞬でも充電を切らしていたことが、まるで大きな裏切りのように感じられる。
充電が切れただけで、こんなにも罪悪感に襲われるなんて。
それでも、飛鳥はメッセージを返した。
『ごめん。バッテリー切れてただけ』
数秒後に返ってきたのは、たったひと言だった。
『そっか。よかった』
短く、優しげなその言葉が、却って胸を締めつけた。
“安心”という名の檻が、ゆっくりと、その輪を狭めていた。
そう言って鷹野が差し出したのは、位置情報共有アプリのインストール画面だった。
そのとき、飛鳥はほんの少しだけ迷った。
けれど、“心配性な彼氏”を安心させてあげたいという気持ちが勝って、画面をタップした。
「ありがとう。これで、もしものときも安心だね」
そう言って鷹野は、嬉しそうに笑った。
最初は、それだけだった。
通知もなく、気配もなかった。
けれど数日後から、そのアプリは、静かに、確実に、飛鳥の自由を奪い始めた。
「さっき、〇〇駅にいたでしょ?誰かと待ち合わせ?」
「ゼミの人たちとご飯に……」
「ふーん、でも、待ち合わせの時間より早く着いてたよね?」
「たまたま、電車が早く着いて……」
「その前にカフェに寄ってたでしょ?店の位置、ログに残ってた」
そのとき、飛鳥の背中に冷たいものが走った。
確かに、自分の足跡はアプリの記録として残っていた。
けれど、それは“守るため”のはずじゃなかったのか。
「こうやって見てれば、万が一のときもすぐ駆けつけられるでしょ?」
鷹野は笑顔のままそう言った。
だが、その笑みの奥にあるものを、もう飛鳥は見抜けていた。
それは、安堵ではなく、支配。
心配ではなく、管理。
アプリの通知設定をオフにすることも、位置情報を一時的に切ることも、飛鳥は怖くてできなかった。
なぜなら、鷹野は毎日、ログを“確認”していたからだ。
「今日は移動多かったね。何してたの?」
「ルートがいつもと違うけど、何かあった?」
細かく、丁寧に、だが確実に、彼は“見ていた”。
飛鳥の生活は、地図アプリの中で管理されるようになっていった。
道を歩きながらも、頭のどこかで「今、見られてるかもしれない」と意識してしまう。
そのうちに、移動そのものが億劫になってきた。
遠回りを避け、寄り道をやめ、人との接触を避ける。
知らず知らずのうちに、彼女は“監視に最適化された日常”を送るようになっていた。
そしてそのことを——誰にも言えずにいた。
ある日、帰宅途中の電車でふとスマホを見ると、鷹野からの通知が3件入っていた。
『今どこ?』
『GPS動いてないけど、何かあった?』
『まさか、切ってるわけじゃないよね?』
心臓が跳ねた。
一瞬でも充電を切らしていたことが、まるで大きな裏切りのように感じられる。
充電が切れただけで、こんなにも罪悪感に襲われるなんて。
それでも、飛鳥はメッセージを返した。
『ごめん。バッテリー切れてただけ』
数秒後に返ってきたのは、たったひと言だった。
『そっか。よかった』
短く、優しげなその言葉が、却って胸を締めつけた。
“安心”という名の檻が、ゆっくりと、その輪を狭めていた。



