現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

その日、飛鳥はほんの数時間、スマホの通知を切っていた。

レジ打ちの業務に集中するため。それだけの理由だった。

だが、仕事を終えて控室でスマホを確認したとき、そこには複数の不在着信と、矢継ぎ早に送られたメッセージが並んでいた。

『どうしたの?』
『もうすぐ2時間連絡取れてないけど、大丈夫?』
『無視してる?』
『なにかあった?』

嫌な予感がして胸がざわつく。

帰り際、店長に呼び止められた。

「今日、彼氏さんって人からお店に電話があって。体調悪いって言ってたけど、大丈夫?」

血の気が引いた。

勤務中に彼が店に直接連絡してきたなんて——。

その夜、駅の改札前に鷹野が立っていた。

「……来てたの?」

「うん。不安で、つい来ちゃった」

満面の笑顔でそう答える彼に、飛鳥は何も言えなかった。

「スマホ見てなかったみたいだから。事故とか事件とか、そういうのだったら嫌だし……来ちゃったのは、責めないで?」

優しさと見せかけたその行動は、明らかに“監視”だった。

「どうして、連絡無視していたの?」

「無視じゃないよ。仕事中でスマホ見られなくて……。ねえ、本当に今日、体調悪かったの?」

「うん、さっき治ったよ」

その声色には安堵が混じっていた。

だが、飛鳥の中では別の感情が芽生え始めていた。

(どうして、ここまでしなきゃいけないの……?)

「俺は、君を守りたくてやってるだけだよ?」

鷹野はそう言った。

「大切な人が、何をしてるかわからないと、不安になる。……普通でしょ?」

“守りたい”

“愛してる”

その言葉たちが、まるで鉄格子のように飛鳥を囲い込んでいく。

彼の言葉のどこにも「信じてる」はなかった。

あったのは、「疑うことで安心する」一方通行の関係だけだった。

飛鳥は、笑ってうなずいた。

そして、そのまま彼の隣を歩いた。

心のどこかが、もう限界に近づいていることを、自分自身で気づきながら——。

翌朝、職場の控え室で制服に着替えていたとき、同僚がふと声をかけてきた。

「昨日の帰りさ、駅前で男の人と一緒にいたでしょ?あれ、彼氏?」

「……うん、そう」

「なんか、すごい睨まれたんだけど」

その言葉に、飛鳥は手を止めた。

自分以外の誰かにも、鷹野の“視線”が届いていた。

彼の不安は、彼女ひとりを超えて広がりつつあった。

私が、誰と話すのか。
誰と笑うのか。
誰とすれ違うのか。

そのすべてが、彼にとって“把握すべき情報”になっていた。

不安ではない。

もはや執着だった。

「……限界かもしれない」

その言葉が、飛鳥の胸の奥に、初めて明確な輪郭を持って響いた。