現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

「……君の友達、あんまり良くない子だと思う」

ある日、鷹野はふとした口調で、飛鳥の親友・紗英のことをそう言った。

きっかけは些細なことだった。講義のあとに紗英とふたりでカフェに寄っただけ。

Instagramにアップしたドリンクの写真に、紗英の腕が少しだけ映り込んでいた。

「悪い子じゃないかもしれないけど……言葉遣いとか、ちょっと気になったな。君と合ってないというか」

それは、やんわりとした否定だった。

強制でも、禁止でもなかった。

でも、その一言が、飛鳥の心に静かに沈殿していく。

「飛鳥って、もうちょっと落ち着いた子と付き合った方が合うと思うよ」

繰り返されるうちに、飛鳥は自然と紗英の誘いを断るようになった。

「ごめん、今日はちょっと疲れてて」
「レポート仕上げたいから、また今度」

断るたびに、紗英の声色が少しずつ変わっていくのがわかった。

それでも、鷹野と会うと彼は優しく言った。

「やっぱり、君には俺が一番合ってるんだと思う」
「俺が一番君のこと、わかってる」

その言葉は、最初はあたたかかった。

頼られている、理解されている、特別に思われている。

けれど、それはいつしか“唯一であること”の証明にすり替えられていった。

「誰かに否定されても、俺だけは味方だから」
「みんな君のことちゃんとわかってない。でも俺は、違う」

そう言いながら、彼はひとつずつ、飛鳥の周囲の人間を排除していった。

サークルの仲間。ゼミの友人。高校時代のクラスメイト。

「〇〇くんって、話し方ちょっと馴れ馴れしくない?」
「△△さん、いつも見てくるよね。ああいうの、気持ち悪くない?」

直接「付き合うな」とは言わない。

でも、“感じさせる”のだ。

飛鳥が誰かと会うたびに、必ず何かひと言が返ってくる。

そのたびに、飛鳥の中で“疑い”が芽を出す。

——あの人、もしかして、そんな風に見られてたのかな。
——私が悪いのかな。

気づけば、スマホの連絡先から、定期的にやりとりをしていた人の名前が減っていった。

通話履歴も、メッセージも、ほとんどが“鷹野司”の名前で埋め尽くされていた。

孤立していた。

でも、それが“心地よい静けさ”として受け入れられ始めていた。

自分で望んだように錯覚していた。

(彼がいればいい)
(他に誰もいなくても、鷹野くんがいてくれれば)

そう思うことでしか、今の自分を肯定できなかった。

誰かと会っても楽しくない。
誰かと話しても、どこか鷹野に対して申し訳なさが先に立ってしまう。

「……飛鳥ってさ、誰といても少し遠慮してるよね」

そう言われたことがある。

そのときは笑って誤魔化した。

けれど、本当は自分でもわかっていた。

すべての会話の中に、鷹野の目が潜んでいるような感覚。

どんな言葉を口にしても、「これは鷹野くんが聞いたらどう思うだろう?」と脳内で検閲されるようになっていた。

気づけば、心が“誰とも繋がらない”よう設計されていた。

孤独なのに、誰にも助けを求められない。

静けさの中で、少しずつ、確実に、自分を見失っていた。