鷹野の束縛は、言葉や態度だけにとどまらなかった。
いつからか、飛鳥の服装にも干渉が始まった。
「そのスカート、今日履いてくの?」
何気ない口調で投げかけられる質問。
だがその視線は、確かに彼女を値踏みするような色を帯びていた。
「……膝、結構見えてるよね。そんな格好で出かけるの?」
言いながら、彼は笑っていた。
だがその笑顔は、冷たい膜を通したように、どこか距離があった。
「別に、嫌だとは言わないけど……俺以外の男に見られてるの、いい気はしないんだよね」
その言葉を聞いた瞬間、飛鳥は咄嗟に鏡を見た。
自分の格好がそんなに挑発的だっただろうか、と疑うように。
その問いかけ自体が、すでに“自分を疑わせる”力を持っていた。
そして彼の言葉は、その後の彼女の選択に、ひとつずつ影を落としていった。
SNSにも口出しが始まった。
Instagramに投稿した、友人たちとの写真。
大学のゼミの飲み会。何気なく撮った集合写真に、写り込んでいた男子学生。
「この人、誰?」
鷹野がスマホの画面を見せながら、そう訊いてきた。
「ただのゼミの同級生だよ」
「ふーん。でもさ、他人から見たら“彼氏じゃないか”って思うかもしれないよね。削除してくれる?」
それは、お願いではなく命令だった。
飛鳥は何も言えず、ただ黙って投稿を削除した。
その日から、飛鳥のInstagramには“彼が誰と映っているか”の視点が最優先されるようになった。
自分がどう見られたいか、ではなく、鷹野がどう思うか。
さらには、フォローしている男性アカウントを勝手にブロックされたこともあった。
「何これ……」
気づいたのは、ある日。
ミステリー小説の人気レビューアーの投稿が突然表示されなくなった。
検索しても「このアカウントは存在しません」と出る。
アカウント自体は健在だった。ブロックされていたのは、飛鳥のほうだった。
問い詰めると、鷹野は悪びれもせず言った。
「だって、投稿見たけど、“彼女と読書デート”とか、書いてるじゃん?気分悪いし」
「……それ、私がその人の彼女ってわけじゃないでしょ?関係ないじゃない」
「でも、いいねしてたでしょ?そういうのも俺、見てるから」
彼の口調は柔らかいままなのに、その内容は、静かな暴力だった。
それが“愛してるから”の一言で包まれていく。
境界線という言葉が意味をなさなくなっていく。
飛鳥が“自分の領域”だと思っていたSNSや服装、趣味までもが、鷹野に染められていく。
「自分らしさ」なんてものは、少しずつ削られて、丸く小さくなっていく。
“好き”という言葉に隠された監視の目が、日常のすみずみにまで染みこんでいた。
選ぶ服。写真を撮るタイミング。誰と会うか。誰と話すか。どんな言葉を投稿に使うか。
どれも、“鷹野の許容範囲”を超えないよう、無意識に計算するようになった。
それが“安心して恋をする”ということだと、いつからか自分に言い聞かせていた。
でも、その安心は、誰のためのものだったのだろう。
その恋のなかで、飛鳥は少しずつ“自分”を諦めるようになっていった。
服装も、言葉も、表情さえも。
「彼が気に入るかどうか」「彼が不安にならないかどうか」——その基準だけで日々を過ごすうちに、いつしか鏡の中に映る自分の顔が、自分ではないような気がしてきた。
眠る前、飛鳥は鏡の前で立ち止まる。
その日、自分が着たかった服。その日、自分が投稿したかった写真。
「……これが、私の選んだ恋なの?」
呟いた声は、誰にも届かないまま、深夜の部屋に吸い込まれていった。
いつからか、飛鳥の服装にも干渉が始まった。
「そのスカート、今日履いてくの?」
何気ない口調で投げかけられる質問。
だがその視線は、確かに彼女を値踏みするような色を帯びていた。
「……膝、結構見えてるよね。そんな格好で出かけるの?」
言いながら、彼は笑っていた。
だがその笑顔は、冷たい膜を通したように、どこか距離があった。
「別に、嫌だとは言わないけど……俺以外の男に見られてるの、いい気はしないんだよね」
その言葉を聞いた瞬間、飛鳥は咄嗟に鏡を見た。
自分の格好がそんなに挑発的だっただろうか、と疑うように。
その問いかけ自体が、すでに“自分を疑わせる”力を持っていた。
そして彼の言葉は、その後の彼女の選択に、ひとつずつ影を落としていった。
SNSにも口出しが始まった。
Instagramに投稿した、友人たちとの写真。
大学のゼミの飲み会。何気なく撮った集合写真に、写り込んでいた男子学生。
「この人、誰?」
鷹野がスマホの画面を見せながら、そう訊いてきた。
「ただのゼミの同級生だよ」
「ふーん。でもさ、他人から見たら“彼氏じゃないか”って思うかもしれないよね。削除してくれる?」
それは、お願いではなく命令だった。
飛鳥は何も言えず、ただ黙って投稿を削除した。
その日から、飛鳥のInstagramには“彼が誰と映っているか”の視点が最優先されるようになった。
自分がどう見られたいか、ではなく、鷹野がどう思うか。
さらには、フォローしている男性アカウントを勝手にブロックされたこともあった。
「何これ……」
気づいたのは、ある日。
ミステリー小説の人気レビューアーの投稿が突然表示されなくなった。
検索しても「このアカウントは存在しません」と出る。
アカウント自体は健在だった。ブロックされていたのは、飛鳥のほうだった。
問い詰めると、鷹野は悪びれもせず言った。
「だって、投稿見たけど、“彼女と読書デート”とか、書いてるじゃん?気分悪いし」
「……それ、私がその人の彼女ってわけじゃないでしょ?関係ないじゃない」
「でも、いいねしてたでしょ?そういうのも俺、見てるから」
彼の口調は柔らかいままなのに、その内容は、静かな暴力だった。
それが“愛してるから”の一言で包まれていく。
境界線という言葉が意味をなさなくなっていく。
飛鳥が“自分の領域”だと思っていたSNSや服装、趣味までもが、鷹野に染められていく。
「自分らしさ」なんてものは、少しずつ削られて、丸く小さくなっていく。
“好き”という言葉に隠された監視の目が、日常のすみずみにまで染みこんでいた。
選ぶ服。写真を撮るタイミング。誰と会うか。誰と話すか。どんな言葉を投稿に使うか。
どれも、“鷹野の許容範囲”を超えないよう、無意識に計算するようになった。
それが“安心して恋をする”ということだと、いつからか自分に言い聞かせていた。
でも、その安心は、誰のためのものだったのだろう。
その恋のなかで、飛鳥は少しずつ“自分”を諦めるようになっていった。
服装も、言葉も、表情さえも。
「彼が気に入るかどうか」「彼が不安にならないかどうか」——その基準だけで日々を過ごすうちに、いつしか鏡の中に映る自分の顔が、自分ではないような気がしてきた。
眠る前、飛鳥は鏡の前で立ち止まる。
その日、自分が着たかった服。その日、自分が投稿したかった写真。
「……これが、私の選んだ恋なの?」
呟いた声は、誰にも届かないまま、深夜の部屋に吸い込まれていった。



