現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

鷹野との関係が進むにつれ、飛鳥の日常には、目に見えない網のようなものが張り巡らされていった。

それは、言葉でもなく行動でもなく、通知だった。

LINE。

スマホに表示される小さなアイコンひとつで、彼女の一日は決まるようになっていた。

「……さっきの既読から、二十何分か返事なかったよね」

鷹野は軽く笑いながら、そう言った。

だが、その笑顔は、飛鳥の背筋を冷たく這うようだった。

「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ、ちょっと気になっただけ」

「……寝落ちしてて、ごめん」

「本当に?誰かと電話してたわけじゃないよね?」

そう尋ねる声には、明らかに“疑い”が混じっていた。

鷹野は、飛鳥のLINEの既読時間を逐一確認していた。

「このスタンプ、10時34分に送ってるのに、君が既読つけたのは10時36分で、そのあと返信が10時57分。……その間、何してたの?」

飛鳥は、答えに詰まった。

ただトイレに行っていた。

ただ、うとうとしていた。

でも、その“説明”を、いちいちしなければならないことに、心がすり減っていくのを感じていた。

そしてその一言が、夜になるたび彼女の胸を締め付けるようになっていった。

鷹野とのLINEのやりとりが、いつしか「義務」になった。

タイピング中の……の表示が消えると、すぐさま彼の既読がつく。

そこから返信が遅れるだけで、なぜか罪悪感が押し寄せる。

「大丈夫、浮気なんてしてないよね?」

苦笑まじりのその言葉に、いつも返事を詰まらせる自分がいた。

それが、どれほど無意味で、どれほど彼の“支配”に巻き込まれているのか、本当はわかっていた。

でも、信じたかった。疑いたくなかった。だから口をつぐんだ。

その夜から、飛鳥はスマホの通知に対して過剰に反応するようになった。

寝ていても、ふと目が覚めてしまい、無意識にスマホを確認する。

“通知ゼロ”の画面に、安心するどころか、妙な不安を覚える。

逆に通知が届いていると、胸がぎゅっと縮まる。

自分が“正しく反応できなかった”ことへの、予感めいた罪悪感が、胸に張りつくのだ。

次第に、睡眠の質も崩れていった。

深く眠ることができず、浅い夢ばかりを見る。

朝起きると頭が重く、体が思うように動かない日が続いた。

大学の授業にも遅れがちになり、レポートの提出も遅れ始めた。

食事も喉を通らず、以前よりも明らかに痩せてきていた。

友人に「大丈夫?」と声をかけられても、「寝不足で」と笑ってごまかした。

「……だらしないな、私」

そう思うたびに、さらに鷹野に知られたくない、と思ってしまう。

だが、すでに飛鳥は、自分の中に芽生え始めた“違和感”に、うすうす気づいていた。

気づいていながら、気づいていないふりをしていた。

そのほうが、きっとまだ楽だったから。

でも、心は正直だった。

“これは普通じゃない”

その声が、少しずつ、内側から彼女の心を揺らし始めていた。