現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

付き合い始めてから、鷹野は変わらぬ笑顔で、少しずつ飛鳥の時間を占めるようになっていった。

最初は小さなことだった。

「今日は何読んでるの?」
「今どこにいるの?」
「ご飯ちゃんと食べた?」

気遣いとも取れる言葉たち。

だが、それが“義務”として重なり始めたのは、いつからだっただろうか。

特に、夜——“おやすみ”のビデオ通話は、ある日を境に避けられないルールになった。

「おやすみの前に、顔見ないと不安になるんだよね」

そう微笑む鷹野の言葉は、優しさの皮を被った強制だった。

夜の決まった時間、スマホの画面に“鷹野司”の名前が表示される。

どんなに疲れていても、寝落ちしても、忘れても——次に画面を開いたときには、着信履歴が10件以上、LINEには未読メッセージが並んでいた。

『起きてる?』
『電話出て』
『なんで無視するの?』
『既読ついてないけど、まさか寝た?』
『心配で何も手につかない』
『本当に寝てるだけだよね?』

朝、スマホを手に取るたびに、飛鳥の胸には冷たい鉄の塊のようなものが沈んでいた。

通知を見るたび、どこか申し訳なさと恐怖が同時にこみ上げてくる。

そして、ようやく会った日の彼の第一声は——

「俺がどれだけ心配したかわかる?」

低く、静かに、けれど突き刺すようなトーンで。

問い詰めるような目。

その声は大きくないのに、逃げ場がなかった。

「今日はなんで返事遅かったの?……浮気じゃないよね?」

言葉の最後に苦笑いを乗せていたけれど、目は笑っていなかった。

「……そんなわけないよ」

ようやく声を出せた飛鳥の言葉に、鷹野は深く息を吐いて、小さく頷いた。

「……ごめんね、好きだから、ちょっと心配しすぎちゃうだけ」

そう言いながら、彼は彼女の髪を撫でる。

その手のぬくもりすら、次第に冷たく感じるようになっていった。

最初は“愛されている”という実感だった。

でも今は、その言葉に縛られている。

夜が近づくと、スマホを見るのが怖くなった。

通話が来る時間に向けて、無意識に予定を調整するようになった。

友人からの食事の誘いも断ることが増えた。

「鷹野くんとの電話があるから」

そう口にするたびに、自分が誰かに支配されているような気がして、心がざらついた。

けれど、その違和感に名前をつける勇気は、まだ飛鳥にはなかった。

ある夜、どうしても疲れて眠ってしまった日があった。

翌朝、目を覚ました瞬間、飛鳥はスマホに手を伸ばした。

画面には、通話履歴とLINEメッセージがびっしりと並んでいた。

『どうして出ないの』
『まさか男と一緒だった?』
『信じてるからって、ひどいことしないでよ』

その一文を読んだ瞬間、背筋が凍った。

信じる、という言葉の中に含まれる“支配”の濁りに、はっきりと気づいた瞬間だった。

息が詰まるような恐怖。

けれど、すぐに湧き上がってくるのは“怖い”という感情ではなかった。

“私が悪かったのかもしれない”——その思考が、自動的に脳内を占める。

それが何より怖かった。

ゆっくりと、自分が壊れていく音が、心の奥で確かに鳴っていた。