現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

ぼんやりとした光がまぶたの奥に届き、飛鳥はゆっくりと目を開けた。

天井の照明は落ち着いた間接照明に切り替えられていて、薄暗いけれど、どこか安心感のある空間だった。

見慣れない天井。ふわりと漂う洗い立てのリネンの匂い。そして柔らかくかけられた毛布。

(ここは……)

気づけば、テレビ局の仮眠室だった。

いつの間にか、自分は運び込まれていたのだと知る。

身体の節々が重たい。けれど、不思議なほど痛くはなかった。

目を動かすと、すぐそばに座っているひとりの人物。

「……遥真くん」

彼は目を伏せたまま、静かに言った。

「無理がたたったんだと思います。今は、もう少し休んだ方がいいです」

その優しい声に、心の奥に貼りついていた何かが、ふと緩んだ。

その瞬間、張りつめていたものがぷつりと切れたように、飛鳥の瞳に涙が浮かんだ。

「……あ」

気づけば、頬を一筋の涙がつたっていた。

泣くつもりなんてなかった。

ただ、あまりにも張りつめていた時間が長すぎた。

崩れそうになるたび、踏みとどまってきた。

笑って、強がって、背筋を伸ばして、誰にも甘えないようにしてきた。

そんな自分が、今、何も言わずに泣いている。

それを見て、遥真は少し驚いたように目を見開いた。

けれど、すぐにポケットからハンカチを取り出すと、何も言わずに差し出した。

そのハンカチは、きれいに畳まれていて、かすかに石鹸の香りがした。

「……ありがとう」

飛鳥が手を伸ばした瞬間、ふたりの指先が、ほんのわずかに触れ合った。

その触れ合いが、思いのほか優しくて、温かくて。

そして、自然とそのまま——手が、重なった。

しっかりと、だけど押しつけるでもない、柔らかな握り方だった。

そのぬくもりに包まれているだけで、心がほぐれていくのがわかった。

沈黙。

だけど、心地よい沈黙だった。

「……誰かと、手をつなぐって、こんなに安心するものなんだね」

飛鳥はぽつりとそう言って、また目を閉じた。

そして次の瞬間には、彼の手を握ったまま、すう、と静かに寝息を立て始めた。

遥真は、しばらくその顔を見つめていた。

肩の力が抜けて、少しだけ寝ぐせのついた前髪が額にかかっている。

涙の跡が残る頬が、ほんのりと赤く色づいていて。

眠っているその表情は、舞台裏で見せるプロフェッショナルな飛鳥とはまるで別人のようだった。

「……ずっとこうしていたいって思うの、変ですか?」

誰に聞かせるでもなく、ただ、囁くようにそう呟いた。

彼女が握った自分の手を、遥真はそっと握り返した。

その手の中に、小さく震える命がある。

目の前にいる人を、支えたいと願う気持ち。

その気持ちが、言葉を介さなくても、きちんと伝わっていく気がした。

(これ以上、彼女を孤独にさせたくない)

そう思ったとき、遥真の胸には、熱に似た何かがこみ上げてきた。

守りたい。ただそれだけの願いが、こんなにも強く、こんなにも自然に湧き上がってくるなんて。

彼女の手を握りながら、遥真は改めて感じていた。

これはもう、“仕事”の関係なんかじゃない。

きっと、自分は——本気で、飛鳥に恋をしている。

彼女がまた目を覚ましたとき、もしその想いを少しでも受け取ってもらえたら。

そのときは、きちんと伝えよう。

——「好きです」と。