赤子の手をひねるほうが明らかに難しいわね、とカオリは酒を飲むアカイを見ながら思った。あんなにはっきりと私に注意するようにとシノブちゃんから言われたのに、この受け入れよう、ちょろいあまりにもちょろすぎる。こいつはお手おかわり伏せと言ったら喜んでするでしょ。なんにもあげないけど。こんなのだったらわざわざ着物をはだけさせずに来ても良かったかもしれないし、酒でなくても良かったかもしれない。少し気合いをいれすぎたかなとも思うもカオルは安心もする。これでもう時間の問題。最悪拒まれたら身体を使うつもりだったけれど、これだと使わずに済むから良かったと。そっちはそれを大大大期待しているでしょうが、そんなのは無視してさてダラダラと行きますかとカオルは方針を一気に変えた。この男にとって悲劇的なほどのカオルの方向転換に、アカイは気づかずに逆にそのことで頭が一杯である。
憐れこの上も無く、また慈悲も無く、裁きは降され執行中である。
身体が熱い、と俺は感じる。身体中に酒が回り熱くなっている。だが、と俺は自分に言い聞かせる。クールになれ、と。酒に酔ってカオルさんの身体に触ってみろ。もしかしたら待ってましたとばかりに悲鳴を上げて助けを求めるかもしれない。
そこでシノブが現れこれでもかというぐらいに非難されたら俺は一気に二つのものを失ってしまう。そういう罠かもしれない。なるほどこれは俺に対する攻撃としては最上級のものだろう。カオルとはできずにシノブからは嫌われ捨てられる……想像するだに自殺レベル! 俺よだから落ち着け俺。用心するのだ用心。確実にいくのだ確実。
「あっカオルさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
断らないところに安心しながらアカイは酌をするも、手が止まる。これ、どれぐらい入れればいいんだ? いや、こちらとしては同じぐらい注ぎたいが、それは女相手だとどうなんだ? 酔わせてなにかいやらしいことを企んでいないかと思われやしないか? いいや思ってはいるけど、そう思われたくはないのだ。
この思っているが思われたくないは倒錯的な考え方ではなくてごくごく普通の考え方だ。そう悪人ほど善人アピールするのと同じで、できればそう思われずにことを進めたい。流れでそうなったと思われたい、それだけなんだ。強く当たったらその後は流れで自然と期待しているところに着地するべき。俺は何か変なのことを言っているか? 言っていないだろ? うん!
何気なく自然に物事が進み結果的に望んでいなかったが、こうなったら仕方がない、という境地に陥りたいのだ。言い訳せずに済むところ。それが運命なのだという心境へ向かおう。だから少なめに少なめに……と俺が脳内で言い訳しながらグラスに酒を注ぐと、すぐに止まった。全然入っていないのだ。
「ふふっもうちょっと入れてくださいよ」
カオルのからかう声に俺は焦る。まさか逆に下心が見透かされたのでは!? まずい、と思いながら俺は尋ねた。
「ごめんごめん。もう一回入れるから、そのカオルさんがそこまでとか言ってくれるかな」
「はーい」
よしこれならいい、と俺は自分のアイディアに我ながら良いと思った。これならどんなに入れてもこちらの下心は察せさせない。全部はそちらのせい。どれだけ一杯入れても呑ませたことにならない。結果は同じだが過程が違うというのは大切なのだ。何が起きても言い逃れができる。自分はそんなこと全然思っていませんでしたーという顔ができる。聖人君子面ができるってもんだ。思うんが下心に溢れた男の顔って涼し気だよね。
安心しながら俺がグラスに酒を注ぎ出すと隣にカオルが移動し座った。風が起き湧き立ち昇るその名の通りのカオルの香りに俺の意識が遠ざかる。匂いが良すぎる。そんな中でカオルの口が俺の耳へと向けられた。
「もっともっと……」
ストップの時だけ言ってくださいとは俺は言えなかった。言えるはずもなかった。息が耳にかかり意識が遠のき思考に霞が掛かりだした。手も震え眼前がチカチカと明滅する。
「もっともっと……」
声に反応した酒瓶の角度が上がりその口から出る量が少なくなる。それに比例してカオルの口は近づき反対に声は小さくなり、より鮮明に聞こえる。まるで世界にその音しかないように。世界が滅び君と俺しかいないように。だからどんなに微かな声であっても耳は拾いその音を脳に心に届けさせる。絶対に聞き逃さない。
「もっともっと……」
声は呟きから囁きへと変わるも俺の鼓膜を突き破り脳に心へと直接当たっていき侵食していく。手がさらに震え酒瓶も揺れふらふらになるもカオルは構わず止めず続けていく。故意的で意識的なその容赦ない甘き虐殺。
「もっともっと入れてください……」
おねだりされている……俺は薄ぼんやりした意識のなかで状況を認識した。俺は遊ばされている……弄ばれている……元人妻で年下の女に揶揄われて玩具にされている……なんという姿だ……俺よアカイよ、なんとおいたわしい。お願いだ、やめろ、やめないでくれ、やめろ……もっともっと俺を弄べ! めちゃくちゃにしてください。なんでもします。その責め方で苦しめて俺に生の輝きを実感させてくだされ人妻様! 混乱し矛盾する意識のなかで声は突然変わった。
「そこまでで」
「あっはい」
気付くとグラスには適量ほどの酒が注ぎ終わっていた。短い時間であったはずだ。だが意識下では言葉にはできない程の長さであった。2000字ぐらいはあったかな?
「ではかんぱーい」
「はいかんぱいで」
掲げられた互いのグラスはちょっとだけぶつかり小気味よく鳴った。アルコールを身体に入れながら俺は思う。もしかしていまのは夢だったのだろうか? 俺の妄想癖から生まれた白昼夢。だとしたら甘美な夢だった。俺は幸せを堪能しながらも、奥歯を噛みしめた。ここは桃源郷であってもお楽しみはここまでだ、と。
これ以上を望むな。弁えろ、アカイ! 酒を飲んでおしまいだ。明日は早いからとお引き取りを願おう! 俺が早く先に寝ないとシノブも寝ないからな。
「マッサージいたしましょうか?」
「よろしくおねがいします」
憐れこの上も無く、また慈悲も無く、裁きは降され執行中である。
身体が熱い、と俺は感じる。身体中に酒が回り熱くなっている。だが、と俺は自分に言い聞かせる。クールになれ、と。酒に酔ってカオルさんの身体に触ってみろ。もしかしたら待ってましたとばかりに悲鳴を上げて助けを求めるかもしれない。
そこでシノブが現れこれでもかというぐらいに非難されたら俺は一気に二つのものを失ってしまう。そういう罠かもしれない。なるほどこれは俺に対する攻撃としては最上級のものだろう。カオルとはできずにシノブからは嫌われ捨てられる……想像するだに自殺レベル! 俺よだから落ち着け俺。用心するのだ用心。確実にいくのだ確実。
「あっカオルさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
断らないところに安心しながらアカイは酌をするも、手が止まる。これ、どれぐらい入れればいいんだ? いや、こちらとしては同じぐらい注ぎたいが、それは女相手だとどうなんだ? 酔わせてなにかいやらしいことを企んでいないかと思われやしないか? いいや思ってはいるけど、そう思われたくはないのだ。
この思っているが思われたくないは倒錯的な考え方ではなくてごくごく普通の考え方だ。そう悪人ほど善人アピールするのと同じで、できればそう思われずにことを進めたい。流れでそうなったと思われたい、それだけなんだ。強く当たったらその後は流れで自然と期待しているところに着地するべき。俺は何か変なのことを言っているか? 言っていないだろ? うん!
何気なく自然に物事が進み結果的に望んでいなかったが、こうなったら仕方がない、という境地に陥りたいのだ。言い訳せずに済むところ。それが運命なのだという心境へ向かおう。だから少なめに少なめに……と俺が脳内で言い訳しながらグラスに酒を注ぐと、すぐに止まった。全然入っていないのだ。
「ふふっもうちょっと入れてくださいよ」
カオルのからかう声に俺は焦る。まさか逆に下心が見透かされたのでは!? まずい、と思いながら俺は尋ねた。
「ごめんごめん。もう一回入れるから、そのカオルさんがそこまでとか言ってくれるかな」
「はーい」
よしこれならいい、と俺は自分のアイディアに我ながら良いと思った。これならどんなに入れてもこちらの下心は察せさせない。全部はそちらのせい。どれだけ一杯入れても呑ませたことにならない。結果は同じだが過程が違うというのは大切なのだ。何が起きても言い逃れができる。自分はそんなこと全然思っていませんでしたーという顔ができる。聖人君子面ができるってもんだ。思うんが下心に溢れた男の顔って涼し気だよね。
安心しながら俺がグラスに酒を注ぎ出すと隣にカオルが移動し座った。風が起き湧き立ち昇るその名の通りのカオルの香りに俺の意識が遠ざかる。匂いが良すぎる。そんな中でカオルの口が俺の耳へと向けられた。
「もっともっと……」
ストップの時だけ言ってくださいとは俺は言えなかった。言えるはずもなかった。息が耳にかかり意識が遠のき思考に霞が掛かりだした。手も震え眼前がチカチカと明滅する。
「もっともっと……」
声に反応した酒瓶の角度が上がりその口から出る量が少なくなる。それに比例してカオルの口は近づき反対に声は小さくなり、より鮮明に聞こえる。まるで世界にその音しかないように。世界が滅び君と俺しかいないように。だからどんなに微かな声であっても耳は拾いその音を脳に心に届けさせる。絶対に聞き逃さない。
「もっともっと……」
声は呟きから囁きへと変わるも俺の鼓膜を突き破り脳に心へと直接当たっていき侵食していく。手がさらに震え酒瓶も揺れふらふらになるもカオルは構わず止めず続けていく。故意的で意識的なその容赦ない甘き虐殺。
「もっともっと入れてください……」
おねだりされている……俺は薄ぼんやりした意識のなかで状況を認識した。俺は遊ばされている……弄ばれている……元人妻で年下の女に揶揄われて玩具にされている……なんという姿だ……俺よアカイよ、なんとおいたわしい。お願いだ、やめろ、やめないでくれ、やめろ……もっともっと俺を弄べ! めちゃくちゃにしてください。なんでもします。その責め方で苦しめて俺に生の輝きを実感させてくだされ人妻様! 混乱し矛盾する意識のなかで声は突然変わった。
「そこまでで」
「あっはい」
気付くとグラスには適量ほどの酒が注ぎ終わっていた。短い時間であったはずだ。だが意識下では言葉にはできない程の長さであった。2000字ぐらいはあったかな?
「ではかんぱーい」
「はいかんぱいで」
掲げられた互いのグラスはちょっとだけぶつかり小気味よく鳴った。アルコールを身体に入れながら俺は思う。もしかしていまのは夢だったのだろうか? 俺の妄想癖から生まれた白昼夢。だとしたら甘美な夢だった。俺は幸せを堪能しながらも、奥歯を噛みしめた。ここは桃源郷であってもお楽しみはここまでだ、と。
これ以上を望むな。弁えろ、アカイ! 酒を飲んでおしまいだ。明日は早いからとお引き取りを願おう! 俺が早く先に寝ないとシノブも寝ないからな。
「マッサージいたしましょうか?」
「よろしくおねがいします」


