俺はシノブの瞳を見つめる。視線まで交差してしまうだなんて、もうこれって交わっているの変わんないよな……落ち着け俺! その発想はどっかに行きすぎだろ! こっちに帰ってこい! 手遅れになるぞ!

「誓う。俺はカオルさんに流されない」
「その言葉を信じているから」

 手が離されるとシノブは立ち上がった。

「まぁもしかしたら忍者ではない可能性もちょっとはあるのよね。様子見しつつ旅は同行と行くけど、油断はしないように。あなたと私の使命を共に歩むもの同士なんだから」
「分かっている」

 ああ、と俺はシノブを見直した。焦ってもいるだなんて、と。俺がカオルさんにになびいたことを凄く気にしてスキンシップをしてくるとは……これが嫉妬効果か! 浮気万歳! 俺は歓喜しながら心にも誓う。絶対に巨乳元人妻の誘惑には屈しない。おっぱいになんか絶対に負けないんだから! 嫁の瞳と両掌に誓ってだ!

「俺は負けない!」

 拳を天井に向かって突き上げるとシノブが妙な表情をしながらこちらを見てから背中を向けた。

「うっうん、負けないでね。だから接触はなるべく避けるようにお願い」

 そそくさと部屋から出ていくシノブを見ながら俺は突然思った。待てよ……くノ一といったら誘惑、誘惑といったら夜這い、夜這いといったら……えっ? 夜這い! 俺は驚愕した。今宵カオルさんが夜這いに来る可能性があるってことなのか!

 たったのしみ、じゃなくて、どうしよう、夜這いを拒絶するってどうするんだ? 俺はそんなシーンをゲームに漫画やアニメで見たことがない。男が女の夜這いを拒否するってどうするんだろ? すみません童貞だから無理って言えば良いのか? 駄目だろくノ一にそんな言い訳は通用しない。しかも元人妻という設定なんだ。こちらの言い訳なんて一切通用しないぞ。あらあらそうですか、とむしろ逆に遠慮なく喰われる! エロ漫画の知識によれば奴らは餓えきっているんだからさ!

 そもそもくノ一なんてエロ漫画やゲーム以外で見たことないし! というかこの設定の関係だと受け入れない方がおかしいというか絶対に有り得ないレベルの話だ。ゲームで主人公が拒否しておしまいだなんてシーンが流れた日には、俺はなにをしでかすか自分でも分からないぞ! 暴動だ! でも俺にはシノブがいるしさっき誓ったばかりだ。でもでも待って。

 ひょっとしたらシノブの勘違いという可能性だってある。そうだとも。俺がカオルさんのおっぱいに心奪われていることに焼き餅で膨らんだシノブがありもしないデマを俺に吹き込んだ可能性もあり得る。だとしたらカオルさんの夜這いを拒否る必要はなくなるんだ。お断りとはとんでもなく失礼なこととなり男というか人間としてどうなんだということになるしね。人道に外れた行いを許してはいけない。だが待てよ俺。くノ一の罠でなかったらなんで俺なんかに夜這いする必要はあるんだ?

 無いよな……逆なら幾らでもあるが、向うからはなんて……いや、あるかもしれない。世の中は男女平等だ。女だからしないという古い考えは捨てなければならない! 性差にとらわれてはならない! というかあって欲しいし。今日の活躍を考えたらお礼としてとか。お礼は身体とか男の夢だが妄想だか。そんなこと言ったらくノ一だって男の妄想の産物だろうに。女と書いて「くノ一」とか発想がおしゃれ過ぎる。

 もしも夜這いがあるとしたらカオルさんがシノブを出し抜く為に手っ取り早く身体を使って俺をたらし込むぐらいか。そうしたら秒で陥落で簡単に済むし。いや、秒もいるかな? 俺は刹那で堕ちる自信があるぞい。かかってこい! 派手に散ってやる。だから待て俺。落ち着け。彼女はそんな変な考え方はしないだろ? 常識的なお姉さんだったじゃん。いいや分からんぞ。その胸の奥はいま火照っているのかもしれない。

 なんたって離婚したての元人妻だ。自由と身体を持て余しているし俺みたいな駄目男が案外好きなのかもしれない。好きなんだよ! だってそんな漫画の話はいくらでもあったし俺はたくさん読んできた。俺は詳しいんだ! 駄目男の元にはエッチなお姉さんが舞い降りて来るんだ。これは漫画的事実だ! 現実もそうなるべきだ! いい加減に弁えろお前というか俺! 垢みたいな汚れた知識を事実とするな! だいたいオッサンが年下の女をお姉さん呼びするっておかしくね? お前こそなに言ってんの? エロ漫画を読むときは一時的に十代に若返るんだよ! 綺麗なお姉さんと相手する際もときめきの力によってあの頃に戻るの! スターとファンの関係性に近いの! 落ち着け現実的に考えろ! 俺にはシノブがいるんだぞ! さっきも誓っただろうが! ちょっと待てよだからそのくノ一疑惑が怪しいんだって。前提を間違えているわけで。そうでなかったらただの元人妻の誘惑だろうに……ああ! 思考が千々に乱れ少しもまとまらない! 俺という天下が麻の如くに乱れって今だと分からない例えだよね、うるさい! 俺はいったいどうすればいいんだ! おのれくノ一! ここまで俺を苦しめるとは恐るべし!



 堂々巡りの思考に陥ったアカイが、床をごろごろとのたうちまわっているその隣室のカオリが壁から耳を離して嘆息した。
「さすがはシノブちゃん。私だとは気づかないまでも忍者であることを見抜くとはね。なら今晩早めに勝負に出ましょうか。さっそくあの人に知らせてっと……」