わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

 「ごめん、着替え中だったんだ」

 シノブが俺の半裸に対して凄い顔となった。つまり嫌悪感に歪んでいるわけだが、それはそれで綺麗だなと俺はちょっと興奮した。美少女は顔が崩れてもなお美少女、つまりそういうことなのだ。元が良いと崩れてもまた良し。

 逆ラッキースケベというやつだなと俺はわざと服を着ずにいたが、シノブの表情は揺るがない。俺は視線も、確認する。もしかしたら股間に向けられているかもしれない。そんな顔をしていてもやっぱり興味があるんだね、と勝ち誇りたかったが残念ながらシノブの視線は前にこちらの顔にのみ向けられていた。シノブはもしかして性嫌悪の気があるのかなと思っていると再び声が来た。

「服を着なよ」

 低めの冷たい声であったので俺は素直に従った。嫌われてはならない。今のは間違いなく減点となったがそれでも補って余りあるシチュエーションでもあった。それで何の用かなと思っているとシノブが顔を近づけてきた。ああ美少女だ美少女だ俺の嫁だ。

「アカイ、驚かないでね。カオルさんは忍者だよ」

 心臓に衝撃が来てシノブが遠ざかっていくような錯覚に陥った。カオルさんが忍者もといくノ一もとい女スパイだって! エロい! でも敵か! だから敵なのか、待て! この動揺を悟られてはならない。大人の男らしく冷静にならなくては。俺は男で年上で大人なんだからな!

 まっ怪しいと思ってはいたぜ。あのおっぱいにスキンシップ……謎は全て解けた。ずばりこれは全て犯人による色仕掛けだ。そうでなければ俺に対してあんなことしないだろ! いったいどの世界にあんなにサービス満点なことを意図もなしにやる女がいるんだ。いるはずがない! いて欲しいよでもいないんだそれが現実だ! 漫画ではいくらでもいるからこそ現実ではいるはずがないと俺はちゃんと物事の分別がついており、現実と妄想をごっちゃにはしていない、よって俺は騙されていないぞ!

「やっぱりそうか」

 納得と共に頷くとシノブの顔になんか蔑みの色が見えたように感じられたが、俺は視線を逸らしてそれを見なかったことにした。女の子の表情にいちいち反応していたら心が壊れてしまう。そんなことぐらい俺はよく知っているんですよ。男の鈍感さは強さであるのだ。敏感なほどに男は弱い。これぞ鈍感力。

「そうなの。確実とは言えないけどその可能性はすごく高いわ。さっきお風呂場でカオルさんの身体を見たけどかなり鍛え上げていてあれはただの堅気な普通のお姉さんじゃないのよ」

 カオルの裸! 鍛えているけどあんなに柔らかいものを二つもあるなんて……想像するな、俺! 誘惑されているんだぞ、とアカイは己の股間に意識を集中させながら込み上げてくるものに堪えていた。

「察するにかなり強いわね。だからあんな悪党に追いかけ回されていたのがそもそも怪しいわけよ。つまりあれは私達に近づくための芝居であって狙いはずばりあなたよアカイ」

 シノブの人差し指が鼻先に突きつけられアカイは口を開きたくなったのを我慢した。耐え忍ぶことこそ男である。

「あの不自然なぐらいの好意の寄せ方、もしかしてあなた勘違いしてない?」

 質問とは裏腹なその「あんたしているでしょ? そうに決まっている」という視線に対して俺は首を振った。俺は、弁えているんだぞ。期待はしたが、あくまでも願望に過ぎない! 妄想に留めているに過ぎない。

「もちろんしていない。あんな素敵な婦人が俺に惚れるわけなんてないんだからな」

 本当にそう思う。経験的に考えて人生的に考えて、俺は、客観的に自分を見れる男なんだと思うもシノブの表情は未だ険しかった。信用されていないようだとアカイは緊張を強めつつも不満であった。あっちになびくのが嫌だったら少しは俺に対して親しみを見せてもらいたし。君がもしこちらに多少の好意を示してくれたら妄想は発展しないのだから、これはシノブの方にも問題があるんだよ、絶対に!

「分かっているんならいいけど、これからは危険よ。二人でどこかに行きましょうとか、あの子を置いていきましょうとか誘われてみなさい。あなたはホイホイとそれに乗っかって違う宿屋の部屋に入ると怖くて強いお兄さんたちがぬっと現れて、ぎったんぎったんのぼっこんぼっこんにのされ簀巻きとなって川下りとなっちゃうのよ。そして一人残された私は兄に連れられて知らない男の嫁にやらされる……こんな結末を迎えてしまうわけよ」
「なんという恐ろしい結末……」

 俺は本気で戦慄した。美人局にかかって殺害され未来の嫁は他所の男に孕まされる……これ以上にないぐらいの男にとっての悪夢不幸かつ女難である。なにも美味しい思いができない上に全てを奪われるなんて……そんなのそんなのは。

「そんなの絶対に嫌だ」
「私も嫌よ」

 屈むシノブの両手がアカイの手を包み込んだ。思いが重なり一つとなったことにアカイは戸惑いと感動の両方が同時に起こる。どうしたのだ一体に?

「カオルさんに流されないでね」