すごい身体をしているなと風呂に浸かったカオルを横目で見ながらシノブは思った。違う意味で脱いだら凄いその身体。注目すべきは前よりもその後ろ。全体的に筋肉質ではあるが特にその背筋。この人は御淑やかな顔をしていながらなんと見事な鍛え方。
「背中、気になりますよね?」
カオリに聞かれ図星を当てられるもシノブは慌てずに頷いた。やはりそちらも自覚あったのだなと。
「私の実家は武家でしてね。子供の頃から木刀で素振りを一日一千回なる習慣をやっておりまして。嫁入り後も時々やっていたため、それでこうなのです」
なるほどと思うと同時にシノブは懐かしさすら覚える。修行の日々を。身体を鍛えることのできる喜びを。それがいまではすっかり。
「シノブさんも鍛えられていますよね? まるで陸上選手みたいなスタイルで素敵ですよ」
「いえ……少し前に病気で身体が不調になってしまって最近では鈍っていくばかりなのですよ」
シノブが自嘲気味に漏らすとカオルの目が光った。うん? とシノブが不審な眼をカオルに向けるとなんだか慌てだした。
「いえ、その、ああ御病気で。どうしてアカイさんに荷物を全部持ってもらっているのだろうなと不思議に思っていまして。ですからあの時に聞いてしまったのですよ。御兄妹なのですか? って。これはいわば御夫婦ですかという質問の前段階でして」
「まさかまさか。アカイとは……いえいえ叔父と姪の関係ですよ。それに決まっているじゃありませんか。叔父もこちらの事情を察してくれてああして荷物を持ってくれているのです」
あいつは私の身体を狙っているんだから、絶対に優しいとか無償といった言葉は使わない! と気をつけながらシノブが言うとカオルが答えた。
「まぁ……アカイさんって優しい御方ですね」
「ぜんぜん」
「えっ?」
怒気のこもった返事にカオルが絶句すると今度はシノブが慌てた。どんな姪だよ! バレてしまう……この説明がめんどくさい関係が! それだけは避けたい。他人にましてや同性に対して変な関係だとは絶対に悟られたくはない。シノブは咳ばらいをしてから静かに語りだした。
「……じつのところ叔父には少々問題がありまして。カオルさんもお気づきかもしれませんが、あの人はちょっと女性に対しての態度がさ」
「あっそのこと。うん、分かっているから大丈夫よ」
良かったとシノブは安堵した。あのあからさまな態度に気付かない馬鹿でないことに安心する。ただでさえ年上の愚かな男に手を焼いているのだ。これで年上で頭が鈍い女が加わったら始末に負えない。そういう女だったら男の誘いにホイホイ乗りそうだし嫌な想像ばかりしてしまう。
「はい、そのことです。ごめんなさい、あんな遠慮なくじろじろ見てきて。昔からあんな感じなのです。あれでも多少は良くなった方なのですけれど私は恥ずかしくて」
「大変だったわね。まぁ私はそういうのは昔からだから慣れているし、酷いのに比べたらまだマシだし、あと悪党を撃退したところとかも含めると私は全然嫌だとは思っていないわよ」
返事はありがたいながらもやはり難しいなとシノブは思う。理想としては二人が徐々に仲が深まっていき中央での使命が達成できたら無事結ばれる……これである。この段階で二人が親密になりデキてしまっては困るのだ。大いに困るのだ。アカイは私へのゲスい性欲で動いている。あれはそういう存在に過ぎない。そこの調整を取りたいのだが困難であることは容易に想像できてしまう。
残念でもなく当然にアカイは既にカオルさんに大きく傾いてしまっている。そのカオルさんもアカイに対してある程度の好意を抱いている。ここでアカイが大きく動いてしまったらカオルさんもさっきの親切に惑わされて関係を結ぶかもしれない。今後の旅路への不安と離婚直後の高揚感でどうなるものか分かったものではない。しかしより可能性が高いのはここで普通に冷静となってカオルさんがアカイを嫌いだし拒否ってしまっても困るのである。
そうなった場合はアカイは腑抜けとなるか逆に私への執着をますます増すだろう。どちらにせよすごく嫌なのである。こうならないようにこの私が間に入って調整するしかないのだが、それにも限度あるしどうすればいいのか。ああどうすれば。
「姪の立場から見たら色々と見えてしまいましょうが、私はアカイさんは良い人だと感じていますよ」
よし、ここはとりあえず両者の仲を引き裂いておく方が良いだろうとシノブはカオルの言葉によって判断した。最悪カオルさんがいなくなっても言い方は悪いがまだ代えはある。しかしアカイの代わりはいないのだ。私にとってのアカイはそういう存在だ。彼以外の男はどこにもいない。使命を果たすまで他の女を近づけさせない方が良い。果たしたらいくらでも他の女とくっつけてあげるから。とにかくこの旅だけは! とシノブは決意を新たにしカオルの方を見つめた。この人なら他の男で引く手あまただ。そもそもアカイなんかには勿体なさすぎて私の計画なんて実現したら罰が当たりそうである。一生罪悪感に苛まれそう。もっと若くて素敵な男性と結ばれないと世の中のためにならない。
「いえいえいけませんよ。カオルさんはいま離婚直後だから男の人がどれも良く見えてしまうのでしょうけれど、焦っては駄目です。時間を掛けた方が良いですよ。折角悪い男から逃げている最中なのに、また悪い男に引っ掛っては元も子もありませんって。叔父に助けられたかたちとなったのでカオルさんは恩を抱いているでしょうが、よく見極めないと。こう言ってはなんですが叔父は決してあなたが思っているような人物ではありません」
念押しが強すぎるかなとも思いながら言い終えると、カオルが苦笑いをした。困惑するぐらいのくどさだったか?
「失礼。はい、姪のあなたがそこまで言われるのなら少し様子を見ましょうね。そうですよね。まっせっかく自由の身となれたのだからしばらく自由を満喫してみたいですし」
そうそうそれでいいと大人しく引き下がったカオルを見ながら満足した。あの男は好意を向けるとすぐにその女が好きになるとかいうふざけた感性を持っているからな。ほんとになにそれ私に対して失礼じゃないの。好意なんか抱いて欲しくないけど。それはそれで操りやすいのだが、違う女がそうやってきたらほいほい誘いに乗るから困る。カオルさんに負けじとこっちがアカイに対して媚びを売るとか真っ平御免だしそんなのはやる気が起こらない。よって彼女の速やかな退場を成し遂げなければならない。惜しいが、仕方がない。使命の為、私はあの男との二人旅を望む他はないのだ。私はあなたとしか旅をしないのだから、あなただって私とのみ旅をするべきだ。この旅路においてあなたは私だけを望みなさい、私もあなただけを望むのだから。
風呂から出たシノブは着替え隣室へ向かった。
「アカイ、ちょっと入るよ」
返事を聞く前にシノブが部屋に入るとアカイは下着姿であった。シノブが眉を顰めるとアカイは悲鳴をあげた。なんなんだこれは。それにしても、とシノブは思う。だらしのない身体だと。旅のおかげか最初と比べて多少はマシになったが中年男な身体をしており、美しくはない。その身体を望む女はいないだろうなとシノブは自らの不快感が増したのを感じ喜ぶ。やはりこいつに親切にする必要とかないな、と。カオルさんは他所の男にくっつけないと。
「ごめん、着替え中だったんだ」
「いや、別にいいんだ驚いちゃって。まぁ美少女に裸を見られるはその、御褒美で」
なにを意味不明なことを言っているのか。なんでまだ下着姿なのか? 汚いなぁ。
「服を着なよ」
「あっはい?」
なんだろうその反応は?もしかして見て貰いたかったとか? やっぱり駄目だなこいつは。服を着たアカイに対してシノブは小声で告げる。
「アカイ、驚かないでね。カオルさんは忍者だよ」
するとアカイは絶句し無言で激しく動揺している。
「つまり、間諜ってこと。敵側が送り込んで来た人」
アカイは息を呑み、それから言った。
「やっぱりそうか」
嘘つけ、とシノブは思う。なーにがやっぱりだ。このハッタリサンゾウがニンニン! いとも簡単に私のデタラメに、なに引っ掛っているんだとも思いつつシノブはアカイに作り話をし始めた。
「背中、気になりますよね?」
カオリに聞かれ図星を当てられるもシノブは慌てずに頷いた。やはりそちらも自覚あったのだなと。
「私の実家は武家でしてね。子供の頃から木刀で素振りを一日一千回なる習慣をやっておりまして。嫁入り後も時々やっていたため、それでこうなのです」
なるほどと思うと同時にシノブは懐かしさすら覚える。修行の日々を。身体を鍛えることのできる喜びを。それがいまではすっかり。
「シノブさんも鍛えられていますよね? まるで陸上選手みたいなスタイルで素敵ですよ」
「いえ……少し前に病気で身体が不調になってしまって最近では鈍っていくばかりなのですよ」
シノブが自嘲気味に漏らすとカオルの目が光った。うん? とシノブが不審な眼をカオルに向けるとなんだか慌てだした。
「いえ、その、ああ御病気で。どうしてアカイさんに荷物を全部持ってもらっているのだろうなと不思議に思っていまして。ですからあの時に聞いてしまったのですよ。御兄妹なのですか? って。これはいわば御夫婦ですかという質問の前段階でして」
「まさかまさか。アカイとは……いえいえ叔父と姪の関係ですよ。それに決まっているじゃありませんか。叔父もこちらの事情を察してくれてああして荷物を持ってくれているのです」
あいつは私の身体を狙っているんだから、絶対に優しいとか無償といった言葉は使わない! と気をつけながらシノブが言うとカオルが答えた。
「まぁ……アカイさんって優しい御方ですね」
「ぜんぜん」
「えっ?」
怒気のこもった返事にカオルが絶句すると今度はシノブが慌てた。どんな姪だよ! バレてしまう……この説明がめんどくさい関係が! それだけは避けたい。他人にましてや同性に対して変な関係だとは絶対に悟られたくはない。シノブは咳ばらいをしてから静かに語りだした。
「……じつのところ叔父には少々問題がありまして。カオルさんもお気づきかもしれませんが、あの人はちょっと女性に対しての態度がさ」
「あっそのこと。うん、分かっているから大丈夫よ」
良かったとシノブは安堵した。あのあからさまな態度に気付かない馬鹿でないことに安心する。ただでさえ年上の愚かな男に手を焼いているのだ。これで年上で頭が鈍い女が加わったら始末に負えない。そういう女だったら男の誘いにホイホイ乗りそうだし嫌な想像ばかりしてしまう。
「はい、そのことです。ごめんなさい、あんな遠慮なくじろじろ見てきて。昔からあんな感じなのです。あれでも多少は良くなった方なのですけれど私は恥ずかしくて」
「大変だったわね。まぁ私はそういうのは昔からだから慣れているし、酷いのに比べたらまだマシだし、あと悪党を撃退したところとかも含めると私は全然嫌だとは思っていないわよ」
返事はありがたいながらもやはり難しいなとシノブは思う。理想としては二人が徐々に仲が深まっていき中央での使命が達成できたら無事結ばれる……これである。この段階で二人が親密になりデキてしまっては困るのだ。大いに困るのだ。アカイは私へのゲスい性欲で動いている。あれはそういう存在に過ぎない。そこの調整を取りたいのだが困難であることは容易に想像できてしまう。
残念でもなく当然にアカイは既にカオルさんに大きく傾いてしまっている。そのカオルさんもアカイに対してある程度の好意を抱いている。ここでアカイが大きく動いてしまったらカオルさんもさっきの親切に惑わされて関係を結ぶかもしれない。今後の旅路への不安と離婚直後の高揚感でどうなるものか分かったものではない。しかしより可能性が高いのはここで普通に冷静となってカオルさんがアカイを嫌いだし拒否ってしまっても困るのである。
そうなった場合はアカイは腑抜けとなるか逆に私への執着をますます増すだろう。どちらにせよすごく嫌なのである。こうならないようにこの私が間に入って調整するしかないのだが、それにも限度あるしどうすればいいのか。ああどうすれば。
「姪の立場から見たら色々と見えてしまいましょうが、私はアカイさんは良い人だと感じていますよ」
よし、ここはとりあえず両者の仲を引き裂いておく方が良いだろうとシノブはカオルの言葉によって判断した。最悪カオルさんがいなくなっても言い方は悪いがまだ代えはある。しかしアカイの代わりはいないのだ。私にとってのアカイはそういう存在だ。彼以外の男はどこにもいない。使命を果たすまで他の女を近づけさせない方が良い。果たしたらいくらでも他の女とくっつけてあげるから。とにかくこの旅だけは! とシノブは決意を新たにしカオルの方を見つめた。この人なら他の男で引く手あまただ。そもそもアカイなんかには勿体なさすぎて私の計画なんて実現したら罰が当たりそうである。一生罪悪感に苛まれそう。もっと若くて素敵な男性と結ばれないと世の中のためにならない。
「いえいえいけませんよ。カオルさんはいま離婚直後だから男の人がどれも良く見えてしまうのでしょうけれど、焦っては駄目です。時間を掛けた方が良いですよ。折角悪い男から逃げている最中なのに、また悪い男に引っ掛っては元も子もありませんって。叔父に助けられたかたちとなったのでカオルさんは恩を抱いているでしょうが、よく見極めないと。こう言ってはなんですが叔父は決してあなたが思っているような人物ではありません」
念押しが強すぎるかなとも思いながら言い終えると、カオルが苦笑いをした。困惑するぐらいのくどさだったか?
「失礼。はい、姪のあなたがそこまで言われるのなら少し様子を見ましょうね。そうですよね。まっせっかく自由の身となれたのだからしばらく自由を満喫してみたいですし」
そうそうそれでいいと大人しく引き下がったカオルを見ながら満足した。あの男は好意を向けるとすぐにその女が好きになるとかいうふざけた感性を持っているからな。ほんとになにそれ私に対して失礼じゃないの。好意なんか抱いて欲しくないけど。それはそれで操りやすいのだが、違う女がそうやってきたらほいほい誘いに乗るから困る。カオルさんに負けじとこっちがアカイに対して媚びを売るとか真っ平御免だしそんなのはやる気が起こらない。よって彼女の速やかな退場を成し遂げなければならない。惜しいが、仕方がない。使命の為、私はあの男との二人旅を望む他はないのだ。私はあなたとしか旅をしないのだから、あなただって私とのみ旅をするべきだ。この旅路においてあなたは私だけを望みなさい、私もあなただけを望むのだから。
風呂から出たシノブは着替え隣室へ向かった。
「アカイ、ちょっと入るよ」
返事を聞く前にシノブが部屋に入るとアカイは下着姿であった。シノブが眉を顰めるとアカイは悲鳴をあげた。なんなんだこれは。それにしても、とシノブは思う。だらしのない身体だと。旅のおかげか最初と比べて多少はマシになったが中年男な身体をしており、美しくはない。その身体を望む女はいないだろうなとシノブは自らの不快感が増したのを感じ喜ぶ。やはりこいつに親切にする必要とかないな、と。カオルさんは他所の男にくっつけないと。
「ごめん、着替え中だったんだ」
「いや、別にいいんだ驚いちゃって。まぁ美少女に裸を見られるはその、御褒美で」
なにを意味不明なことを言っているのか。なんでまだ下着姿なのか? 汚いなぁ。
「服を着なよ」
「あっはい?」
なんだろうその反応は?もしかして見て貰いたかったとか? やっぱり駄目だなこいつは。服を着たアカイに対してシノブは小声で告げる。
「アカイ、驚かないでね。カオルさんは忍者だよ」
するとアカイは絶句し無言で激しく動揺している。
「つまり、間諜ってこと。敵側が送り込んで来た人」
アカイは息を呑み、それから言った。
「やっぱりそうか」
嘘つけ、とシノブは思う。なーにがやっぱりだ。このハッタリサンゾウがニンニン! いとも簡単に私のデタラメに、なに引っ掛っているんだとも思いつつシノブはアカイに作り話をし始めた。


