わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

「参ったな。本当に俺がお嫁さんを選んで良いのかいマリーさん」

 廊下を歩く王子は試験長官の老淑女にお道化気味に言った。
 彼女の名前はマリヤであるが王子は親しみを込めて「マリー」と呼んでいる。

「それが開祖の掟でございますので、どうぞお選びください」
「掟であるのなら遠慮なくやりたいところだが、しかしいいものなのかね? 俺は次期法王として国で最も実力のある女と結婚する使命があるのに、ここにそんな私情を挟んでしまって。御先祖様も不思議な掟をつくったものだ」

 首を捻る王子に対して老淑女は語りだした。

「私も実はかつてこの試験を受験致しましてね」
「マリーさんもか。あなたなら最終試験まで行っただろうね」

「ありがとうございます。そうです、しかし残念ながら……いえ、これは先々代の王妃様に対して何かあるということではございませんので」
「そうかそうか。だとしたらあなたは俺の母のお母様になる可能性があったということだな。しかしまぁマリーさんなら俺のグランマに十分に勤まりそうではあるがな」

「御戯れを。つまりはですね、人生は様々な可能性というものがあるのです。道の途中で行き交った人ともしかしたら伴侶となり家族となるかもしれない。そうならなかったのが今であり全ては縁というものです。試験はその縁を目に見えるようにしたものに過ぎません。それはもしかしてもとから繋がっていたものをただ単に長い前振りで以って行っているに過ぎないかもしれないのです」

「なるほどね。人生とは様々なルートがあると見えるようでいて実は予め決まっているかもしれない。つまり俺がこれから選ぶのは元より縁であったと考えて貰いたいということだな」

 王子の言葉に老淑女は微笑んだ。

「そうです。要するに王子には自分は間違った判断をしたのではないか? といった後悔をして頂きたくはないのですよ。それは誰にとっても不幸であり」
「俺の嫁に対して侮辱にもなるというものだな。然りだ。俺は自分の妻となる女にそのようなことをするつもりは毛頭にない。試験で選ばれようが俺が選ばれようが、お前の運命は既に決まっているのだ。それを受け入れるよ」

 二人はようやく扉の前に立ち老淑女が王子に告げた。

「ではこれからあなたはお選びするのです。未来のお妃様を」
「俺の伴侶であり国の嫁であり王妃となりそして俺の子の母親となるものをだな」
「如何にも如何にも、ささっこちらにどうぞ」

 扉が開かれ王子が案内されたのは塔の一室。この部屋の窓から隣の塔のバルコニーを見ることができる。

「それで、ここから遠眼鏡で二部屋に座っているお妃候補者を見ればよいのだな?」
「そうでございます。左の御部屋の場合は赤の旗を。右の御部屋の場合は黄色の旗をお上げくださいませ」

「ふむふむ分かった赤か黄かだな。では覗くとしよう。正直なところどちらでも構わない話だがな。どちらも国の女の代表者だ。厳しく激しい競争を経てここまで来たのだから、どちらが俺の嫁となり国の妃となっても支障はないはず」
「左様で。しかしどちらかにならねばなりません。一人でなければならないのです」
「残酷なことだが、しかたがない。その残酷さを俺は引き受け責任を背負うとしよう。ではまずは左の部屋から」

 王子の遠眼鏡が候補者の女の姿を捉えた。

「ほぉ……これはこれは美しい女だ。全てを兼ね揃えているといっていい王妃になるであろうな。なによりもこの状況下で毅然としているのが良い。おぉ、この距離から闘気も見えるな。なるほどここまで来ただけある。では次は右の部屋に。だがあれを見た後ではかなり不利になるであろうが、どれ」

 遠眼鏡が右に向けられ王子がもう一人の女の姿を遠眼鏡で以て捉えた瞬間、その遠眼鏡は手から落ちすぐさま黄色の旗が上がった。

 老淑女は突然のことに驚くも、大急ぎで落ちた遠眼鏡を拾い上げ左の部屋の女を見た。
 女は驚愕のあまり目は見開き口が大きく開いており、その落選したお妃候補者を見た老淑女はマリヤはにっこりとした。

 これが、見たかった。

 そう満足していると落選した女は憤然としながら立ち上がり、隣の部屋へと走って行くのを見たマリヤは笑い声を殺しながら、その場に倒れまさしく抱腹絶倒していると王子もまた床に転がっている。
 
 あまりの衝撃に腰を抜かしているのだ。

「俺の嫁であり国の王妃になるのはあの女しかいない! ついに俺は唯一絶対に出会えたのだ!」

 さて落選した女は扉の前に立つものたちの制止を振り払い投げ飛ばし隣の部屋へと踏み込んだ。
 だが奥に進もうにも数に物をいわせて押し寄せてくる侍女たちの人海戦術を前にして、いくら払い除けてもさばき切れずついには羽交い絞めされながらも落選した女は合格した女を一目見て思った。

 この部屋には鬼あるいは怪物がいる、この一事であった。
 ドレスに身を纏った鬼が、神話上存在するゴリラが、あるいは化け物がいた。
 女は思う。私がこんなのに負けるはずがないと。

 陰謀が、あるはず。

 忍者である女は殺意の波動を発しながら確信した。