私は深く、深く頭を下げて訴えかける。
「このままでは村は救われません。私をどうか、食べてください」
沈黙の時間がやけに長く感じた。
ゆっくりと水神様が口を開く。
「顔をあげろ」
ゆっくりと顔をあげた瞬間、私は水神様によって押し倒される。
それでも私は動じず、真っすぐに彼を見た。
「怖くないのか、死ぬのが」
「はい」
「後悔はないな」
「ありません」
その言葉を最後に、私は目を閉じて彼に身を任せる。
しかし、何も起こらない。
小さなため息が一つ聞こえた後、彼は言う。
「お前は真っすぐすぎだ。壊れそうで、危なっかしい」
水神様は私の瞳を見て尋ねる。
「どうしてそんなに村を救いたい? お前を虐げた和泉家の人間の村だぞ。憎みはしないのか」
水神様の問いかけは私の心に重くのしかかった。
(確かに、悔しいことも憎いこともないとは言えない。でも……)
私は自分の胸元をぎゅっと握り締めて強く訴える。
「あそこには毎日一生懸命頑張って畑を耕してくれているみんながいます。『嘘つき』だと罵られた私に優しくしてくれた人がたくさん住んでる。そんなみんなが不幸になるのを黙ってみていられません!」
私の訴えにじっと耳を傾けていた水神様は、静かに口を開く。
「わかった。村に救いの手を差し伸べよう」
(よかった……これで、村のみんなが助かる!)
私は安心した後、水神様へもう一度お辞儀をした。
「では、こんな私ですが、食べてください」
私はじっと彼を待った。
すると、水神様は私に一言告げる。
「お前を食べることはない」
「え……?」
私は思わず顔をあげる。
水神様はどこか遠くを見ながら話していた。
「私は人間を食べたことなどない。生贄は伝承上のもので、実際は差し出された生贄は記憶を消して違う村へと送っている」
「では……」
「安心しろ、お前は生きられる」
その瞬間、体から一気に力が抜けていった。
気づくとぽろぽろと涙が溢れてきて、畳を濡らしている。
「私、私……」
嗚咽混じりで言葉にならない私を水神様は優しく抱き寄せてくれた。
「落ち着け、お前を食べることはない。村も救える。だから、泣くな」
その言葉を聞いて余計に涙が止まらない。
自分でも気づかないうちに「死ぬ」恐怖があって、でも、それに知らないふりをしてごまかしていた。
強気で奮い立たせてなんとかしようとしていた。
それを水神様は気づいていたのかもしれない。
「ああ……ああ……!」
私は一晩中泣いた。
その間、水神様はただじっと私を抱きしめてくれていた。
それから数日後、事件は起こった。
「うーちゃん!? うーちゃん!!」
精霊さんがいなくなってしまったのだ。
私がこの屋敷に来てからずっと傍にいてくれていた彼が、朝起きたら姿を消していた。
(ここにもいない……)
「はあ、はあ……」
屋敷中のどこにも見当たらない。
何度か庭と屋敷の中を往復した時、私の中で記憶がよみがえった。
(もしかして、また川に流されてしまったんじゃ……!)
私は急いで屋敷の外に飛び出た。
そして、知らずのうちに私は屋敷の結界を出てしまっていたのだ──。
河原に着いた私は、あたりを必死に見渡す。
昔精霊さんを助けた場所に行くが、そこにもいない。
(これ以上下流だと、一気に海まで流されちゃう……)
そう考えながら走っていると、祠の近くにぐったりと倒れた精霊さんの姿を見つけた。
「うーちゃん!」
駆け寄ろうとしたその時、私の後ろから声が聞こえてきた。
「あんた!!」
「奥様……お父様……」
そこには奥様と、お父様がいた。
「お前、生贄になったはずじゃ……」
お父様がそう告げると、奥様が声を荒らげる。
「全部あんたのせいだったのね!」
あまりの剣幕と金切声に、私は一瞬ひるんでしまう。
「雨が降ったと思ったのに、おかしいと思ったのよ! 裏山が崩れてうちの蔵はめちゃくちゃ! おかげで財産の半分を失ったわ!」
(そんな……)
私が生きていることを知って、奥様の怒りはおさまらない。
勢いよく奥様は私に駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
「あんたのせいよ! あんたが生きてるから!!」
ついに奥様は懐刀を抜いて私に向かって振りかざす。
(殺されるっ!)
しかし、いくら待っても私に痛みは起こらない。
ゆっくりと目を開いた私の目の前には、水神様がいた。
「水神様っ!」
私の呼びかけを聞いたお父様と奥様の目を大きく開かれた。
「水神様、だと……?」
あまりに驚き、奥様は尻餅をついてしまう。
「我らが恩人である琴音を虐げ苦しめ、生贄とした罪は重い」
「待ってください、琴音は自分から滝に落ちて……」
「そんな嘘が私に通用すると思っているのか?」
そう言うと水神様は手で丸い水晶のようなものをつくり上げる。
その中には奥様が私を崖から突き落とした時の様子が映し出された。
「なっ!」
「私はお前たちを許さない。これまでおこなった所業の罰として、和泉家には水の災いが降りかかるだろう」
「そんなっ! お助けください、水神様っ!」
すがるように水神様の足にしがみついたお父様だったが、彼は冷たい視線を注ぐだけ。
奥様も同じく唖然としている。
「さあ、帰るぞ」
「ですが……!」
私の言葉を遮るように、水神様は屋敷へと向かった。
「このままでは村は救われません。私をどうか、食べてください」
沈黙の時間がやけに長く感じた。
ゆっくりと水神様が口を開く。
「顔をあげろ」
ゆっくりと顔をあげた瞬間、私は水神様によって押し倒される。
それでも私は動じず、真っすぐに彼を見た。
「怖くないのか、死ぬのが」
「はい」
「後悔はないな」
「ありません」
その言葉を最後に、私は目を閉じて彼に身を任せる。
しかし、何も起こらない。
小さなため息が一つ聞こえた後、彼は言う。
「お前は真っすぐすぎだ。壊れそうで、危なっかしい」
水神様は私の瞳を見て尋ねる。
「どうしてそんなに村を救いたい? お前を虐げた和泉家の人間の村だぞ。憎みはしないのか」
水神様の問いかけは私の心に重くのしかかった。
(確かに、悔しいことも憎いこともないとは言えない。でも……)
私は自分の胸元をぎゅっと握り締めて強く訴える。
「あそこには毎日一生懸命頑張って畑を耕してくれているみんながいます。『嘘つき』だと罵られた私に優しくしてくれた人がたくさん住んでる。そんなみんなが不幸になるのを黙ってみていられません!」
私の訴えにじっと耳を傾けていた水神様は、静かに口を開く。
「わかった。村に救いの手を差し伸べよう」
(よかった……これで、村のみんなが助かる!)
私は安心した後、水神様へもう一度お辞儀をした。
「では、こんな私ですが、食べてください」
私はじっと彼を待った。
すると、水神様は私に一言告げる。
「お前を食べることはない」
「え……?」
私は思わず顔をあげる。
水神様はどこか遠くを見ながら話していた。
「私は人間を食べたことなどない。生贄は伝承上のもので、実際は差し出された生贄は記憶を消して違う村へと送っている」
「では……」
「安心しろ、お前は生きられる」
その瞬間、体から一気に力が抜けていった。
気づくとぽろぽろと涙が溢れてきて、畳を濡らしている。
「私、私……」
嗚咽混じりで言葉にならない私を水神様は優しく抱き寄せてくれた。
「落ち着け、お前を食べることはない。村も救える。だから、泣くな」
その言葉を聞いて余計に涙が止まらない。
自分でも気づかないうちに「死ぬ」恐怖があって、でも、それに知らないふりをしてごまかしていた。
強気で奮い立たせてなんとかしようとしていた。
それを水神様は気づいていたのかもしれない。
「ああ……ああ……!」
私は一晩中泣いた。
その間、水神様はただじっと私を抱きしめてくれていた。
それから数日後、事件は起こった。
「うーちゃん!? うーちゃん!!」
精霊さんがいなくなってしまったのだ。
私がこの屋敷に来てからずっと傍にいてくれていた彼が、朝起きたら姿を消していた。
(ここにもいない……)
「はあ、はあ……」
屋敷中のどこにも見当たらない。
何度か庭と屋敷の中を往復した時、私の中で記憶がよみがえった。
(もしかして、また川に流されてしまったんじゃ……!)
私は急いで屋敷の外に飛び出た。
そして、知らずのうちに私は屋敷の結界を出てしまっていたのだ──。
河原に着いた私は、あたりを必死に見渡す。
昔精霊さんを助けた場所に行くが、そこにもいない。
(これ以上下流だと、一気に海まで流されちゃう……)
そう考えながら走っていると、祠の近くにぐったりと倒れた精霊さんの姿を見つけた。
「うーちゃん!」
駆け寄ろうとしたその時、私の後ろから声が聞こえてきた。
「あんた!!」
「奥様……お父様……」
そこには奥様と、お父様がいた。
「お前、生贄になったはずじゃ……」
お父様がそう告げると、奥様が声を荒らげる。
「全部あんたのせいだったのね!」
あまりの剣幕と金切声に、私は一瞬ひるんでしまう。
「雨が降ったと思ったのに、おかしいと思ったのよ! 裏山が崩れてうちの蔵はめちゃくちゃ! おかげで財産の半分を失ったわ!」
(そんな……)
私が生きていることを知って、奥様の怒りはおさまらない。
勢いよく奥様は私に駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
「あんたのせいよ! あんたが生きてるから!!」
ついに奥様は懐刀を抜いて私に向かって振りかざす。
(殺されるっ!)
しかし、いくら待っても私に痛みは起こらない。
ゆっくりと目を開いた私の目の前には、水神様がいた。
「水神様っ!」
私の呼びかけを聞いたお父様と奥様の目を大きく開かれた。
「水神様、だと……?」
あまりに驚き、奥様は尻餅をついてしまう。
「我らが恩人である琴音を虐げ苦しめ、生贄とした罪は重い」
「待ってください、琴音は自分から滝に落ちて……」
「そんな嘘が私に通用すると思っているのか?」
そう言うと水神様は手で丸い水晶のようなものをつくり上げる。
その中には奥様が私を崖から突き落とした時の様子が映し出された。
「なっ!」
「私はお前たちを許さない。これまでおこなった所業の罰として、和泉家には水の災いが降りかかるだろう」
「そんなっ! お助けください、水神様っ!」
すがるように水神様の足にしがみついたお父様だったが、彼は冷たい視線を注ぐだけ。
奥様も同じく唖然としている。
「さあ、帰るぞ」
「ですが……!」
私の言葉を遮るように、水神様は屋敷へと向かった。



