私には心の支えにしている大切な思い出がある。

お気に入りの小川に遊びにいった八歳の私は、ある小さな精霊さんを見つけた。

「きゅ……」

 その精霊さんは川岸でぐったりしている。

「たいへんっ!」

 私は急いで精霊さんに駆け寄ると、そっと抱き寄せる。
 私の両手にすっぽりとおさまるほどの小さな体。
 ひんやりと冷たくて、それでもわずかに呼吸の音は聞こえたので、私は安心した。

「元気になって……」

 私は精霊さんを自分の着物でくるんで温めてあげる。
 しばらく撫でていると、ようやく精霊さんは動き始めた。

「きゅ~!」

 先程の様子とは打って変わったように精霊さんは元気に鳴き声を上げた。
 すると、精霊さんは私の頬にすり寄ってくる。

「わっ! ふふ、お礼をいってくれているの?」

 当時の私にはそう思えた。
 精霊さんは私に小さな石を渡すと、名残惜しそうに小川の上流に飛んでいった。

「きれいな石……」


***


 透き通った青い石──。

「精霊さん、元気にしてるかな……」

 私は青い石を空に掲げて微笑んだ。
 あれから十年経った私は十八歳になり、あの日を胸に日々を生きている。

「琴音様、いつもありがとうございます」
「いいえ、お年寄りだけではここの掃除は大変だと思いますので!」

 私はお寺に御堂の掃除をしていた。
 守り神である水神様の像を丁寧に拭きあげて静かに置く。

 しばらく掃除をした後、私と正治おじいちゃんは手を合わせる。

「今日も村の皆さんを守ってください」

 じっと厳かな時間が流れた後、正治おじいちゃんは口を開いた。

「まだ、領主様と奥様は琴音ちゃんのこと、『嘘つき』って言ってるのかい?」
「仕方ないよ……だって、精霊さんを見たって信じてってほうが難しいもの」

 そう、私の幼い頃の大切な思い出。
 精霊さんとの出会いを家に帰った私は、お父様に伝えた。
 けれども……。

『嘘をつくな! 和泉家の長女としての自覚はないのか!』

 お父様はそういって生まれたばかりの小さな弟のほうへ向かった。
 そして、そんな様子を見ていた奥様も私に冷たい視線を送って言う。

『ほんと、旦那様の愛情が欲しいからって嘘までついて。浅ましい子!』

 奥様と私は血が繋がっていない。
 前妻の子どもである私を奥様は煙たがっていたのだ。


 そんなことを思い出していた私に、正治おじいちゃんが言う。

「大丈夫かい? わしは琴音ちゃんのことを信じとる」
「正治おじいちゃん……」

 私の手を握って優しい声をかけてくれる。

「琴音ちゃんはきっと水神様を見たんじゃ。だから、いつかきっと幸せがくる。それに、燈子様も見てくださっている」
「お母様も……」

(そうだ。きっとお空からお母様も見守ってくださっている)

『琴音、真っすぐ正直に生きなさい。幸せは正直者にしか来てくれないのよ』

(お母様、私は一生懸命生きます。前を向いて……)

 すると、御堂の扉が荒々しく開かれた。

「お、奥様っ!」

 正治おじいちゃんは急いで頭を下げた。
 私もすぐさま頭を下げるが、すぐさま着物を掴まれて立たされる。

「来なさい」

 正治おじいちゃんと別れを告げる間もなく、私は奥様に連れていかれる。

「奥様、どちらへ……!」

 私の質問に返答はない。
 連れられるままやって来たのは、村の奥にある滝だった。
 そこは崖になっていて、滝つぼがはるか下の方にある。

「あんた、死んで」
「え……?」